埼玉の検査入院と
高田馬場のイントロセッション

2003年8月13日(水)~18日(月)

前置き

2003年8月13日(水)
入院初日

2003年8月14日(木)
入院2日目 検査食の1日

2003年8月15日(金)
入院3日目 検査

2003年8月16日(土)
退院~イントロセッション

2003年8月17日(日)
休日

2003年8月18日(月)
帰郷


前置き

 北九州に戻って約1ヶ月経ちましたが、東京を去るまで長く入院や通院をした埼玉の病院へ検査入院をしに行きました。

 なぜかというと、身体障害者の障害年金を申請するのに診断書が必要なのですが、障害になるまでの経過が必要だったからです。現状だけだと九州の病院でいいのですが、「原因となった潰瘍性大腸炎の初診日から1年6ヶ月後の状態」が必要らしいのです。でもそれはもう20年近く前で無理な話で、しかも私の場合、必要なのは「潰瘍性大腸炎の薬の副作用で出た大腿骨骨頭壊死の状態」であり「因果関係がある」事も書かなければなりません。そこで直前までお世話になった埼玉の病院に行く事にしました。

 そしてついでにもう1つ、医者に書いてもらう潰瘍性大腸炎の特定疾患申請用の診断書があるのですが、その中の「注腸バリウム検査」をやっておらず、これは北九州の病院でもよかったのですが、ついでに埼玉でやってもらう事にしました。

 さて、埼玉へ数日間行くのですから、ホテルに泊まらなければなりません。でも、もし入院ができれば、私の場合は特定疾患認定されていますから入院費用は格安です。付添人も必要なく、何かあっても看護婦さんやヘルパーに頼めます。そこで検査入院が出来ないか主治医へ聞いてみたところ「大丈夫」との事。急遽、検査入院が決まりました。

 これとは別の話で、私が東京を去る時、九州へ戻る事は掲示板に書いただけで直接の連絡は誰にもしなかったので、埼玉へ検査入院しに行く事を多数の方へ連絡しました。ただし入院ですので会うのは「面会」です。ところが入院中に面会の場で予定を変更し、退院後に高田馬場のイントロジャムセッションへ行く企画を立てました。

 この検査入院とイントロセッションの日記です。


2003年8月13日(水)
入院初日

 朝5時40分起床。6時過ぎに家を出発。小倉駅6時47分発の新幹線に乗車。朝一番の新幹線。早いです。でもこれじゃないと入院の手続きが出来ないのです。

 東京駅に着き、京浜東北線に乗り換え赤羽へ。埼京線に乗り換え南古谷駅着。病院は駅から歩いて8分程度ですが、荷物もあり松葉杖なのでタクシーで病院へ。13時前に着きました。

 ロビーで入院の手続きをしていると、看護婦さんたちが、「あら、どうしたんですか?」だと。ワタクシ、病院では有名人なのです(^^)。何せ9ヶ月の入院、その後も入退院や通院をしていましたからねぇ。さらに入院の際、普通は保証金が5万円ぐらい必要なのですが、それもいらないという事態(^^)。入院慣れというのは恐ろしいです(^^)

 そして入院。いつものように大部屋へ・・・ではなかった。ベッドの空きがあまりないらしく、ナースステーションから一番近い重症患者の大部屋へ入る事に。これまで色々な大部屋に入りましたが、ここは初めてです。大部屋は最初入る時に看護婦さんが「○○さんでーす。よろしくお願いしまーす。」と紹介し、患者から返事が来るのが普通ですが、この部屋は返事どころか、声もない。なんと、みんな年寄りで、意識がない人が半分もいました。凄かったです、この部屋は。1日中カーテンを閉めて周りが見えないようにしました。

 ベッドで病衣に着替えます。看護婦さんに「今日の予定は何かあります?」と聞くと「何もありませんよ。」と。早速ノートパソコンをセッティング。これで入院中ヒマという事はないです。入院は手術とかない限りホントに暇なんですよ。

 セッティングをして、メールなど色々やっていると、ピアノの友人、野本晴美ちゃんからメール。「今から行きますよ~。」・・・あらまっ、早速かい(^^)。待っていると、また晴美ちゃんからメール。「(アルトの)池田篤さんと行きますよ~。」・・・えーーー!!篤さん来るの?篤さんのメールは知らなかったので、いや~、嬉しかったです。

 少しすると、早速大事件。私ではなく、お隣りの年配の方。ちょっと汚い話です(^^;)

 夕食前です。隣のおじいさん、なんとベッドに漏らしてしまいました。それも「大」まで(^^;)。入院患者は自分で用が出来ない人はおむつをする事になっていて、さらにベッドに「横シーツ」なるものを敷いて汚れても大丈夫なようにします。ところがこのおじいさん、一応1人でトイレへ行けるようで、何もしていなかったようなのです。で、トイレに行きたくなった。ところがその時ちょうど点滴をしていて、どうやってトイレに行けばいいのかわからなかったと・・・。点滴は点滴棒で行なうので、トイレへ行く時はそれをゴロゴロ引っ張って一緒に持って行くのですが、おじいさんはそれを知らなかったらしいのです。でもですね、ナースコールがあるじゃないですか。ところがそのボタンも押さなかったらしいのです。

 結局、何をやったかというと・・・トイレに行きたいが点滴中でトイレに行けない。だから点滴を外してトイレに行こうとして、点滴の針を外した・・・無茶苦茶やんか(^^;)。いやはや、信じられん事をやるもんです。当然ながらベッドは血だらけに・・・。

 そのじっちゃまの隣のベッドの患者さんのお見舞いに来ていた人が、血だらけになった姿を見て、あわててナースコール。看護婦とヘルパーが来て大騒ぎ。ところが血だけではなく、なんか臭い。ベッドをよく見るとおもらしが・・・それもおむつをしていなく、横シーツもしていなかったので、ベッドが直接、血だらけ+おしっこ+α(臭っ)で使えない状態に・・・。じっちゃま「すまんのう・・・トイレに行きたかったんだけど点滴が・・・」。じっちゃま、そりゃそうだけどね、ナースコールぐらい出来るでしょ。手元のボタン押せばいいだけなんだから。もう部屋中臭くなるし、ヘルパーは何人も来て作業し始めるし・・・初日から大変でした。しかもこれから夕食ですよ。なんてこったです・・・。

 そして夕食。時間なので仕方ないです(^^)

 夕食も終わり、面会の2人を待っていると、私のベッドに来客。と顔を見たら、なんとドラムのバクちゃんこと山口新語くん(@_@)。前触れもなく来たので驚きましたが、嬉しかったです。ロビーへ行って会話。

 そして、野本晴美ちゃんと池田篤さんが来院。3人と会話。

 バクちゃんがお帰り。残った2人と会話。

 2人もお帰り。これでこの日は終わりです。時間を見ると20時過ぎ。消灯は21時。ずいぶん話していましたね。消灯までノートパソコンでメール等。そして消灯。

 初日から3人も面会に来てもらって、ホントに嬉しかったです。ありがとうございました。

※面会者
山口新語(ds) 池田篤(as) 野本晴美(p)


2003年8月14日(木)
入院3日目 検査食の1日

 6時起床。病院は早い。ジャズマンはこれから寝るんだぞ(^^)

 この日は丸1日検査食。翌日の「注腸バリウム検査」のため1日検査食です。聞くと「コロノスーパー」だと。は?コロノスーパー食?聞いた事ない。なんだそれ?何がスーパーなの?

 朝食、出ました。コロノスーパー第一弾。聞いていたとおり、メシではなく、飲み物でした。重湯のような物と、具のないみそ汁のような飲み物。私は入院が長く、流動食も何日も出たので、食事で何が出てきてもまあ一応大丈夫ですが。

 午前中は何もなし。パソコンを触る。

 昼、コロノスーパー第二弾。朝と同じく、得体の知れない飲み物だけ。この日は飲み物だけみたいだなぁ。

 15時頃。面会予定の方々が集団でいらっしゃいました。ジャズ研大先輩のベースの村山先生とテナーの井口さん、代々木ナルのライブによく来てくれて、個人的にもお世話になっている日下部さん夫妻、の4人です。

 4人と会話していると、ヤマジョーことアルトの山田穰くんが来院。ここから5人と会話。

 今度はベースの佐瀬正さんと高橋節(とも)ちゃんの2人が来院。村山先生、井口さん、日下部夫妻は帰りました。残った3人と会話。

 この時、土曜日の高田馬場のイントロへ行こうか?という話が出ました。でも本決まりではありません。これをやるには、私がホテルか友人宅へ泊まらなければなりません。しかも夜中までイントロにいます。泊まりはどうするか?帰りはどうするか?

 しばらくしてヤマジョーが帰りました。残った2人と会話。

 そして土曜日にイントロへ行く事を決めました。私も知人に連絡しますが、2人も個々の掲示板で宣伝してもらえる事になりました。

 そして2人も帰りました。帰った直後、泊まらせてもらえそうな知人に電話。大丈夫との事で、イントロセッションへ行ける事になりました。とても楽しみです。

 夕食。もう夕食かぁ・・・いや、待てよ・・・出た~~~!!コロノスーパー第三弾!忘れてた。飲み物だった。う~ん、なんだこれは?コーンスープ、得体の知れない甘いスープ、プリン、の3つ。凄い組み合わせです(^^)

 イントロの件でメールをしまくって消灯。21時消灯。2日目が終わりました。

※面会者:
村山秀樹(b) 井口健一(ts) 日下部夫妻
山田穣(as) 佐瀬正(b) 高橋節(b)


2003年8月15日(金)
入院3日目 検査

 朝6時起床。というか、よー寝れんかった。眠い。それに今日は午前中、あの悪魔の検査「注腸バリウム」がある。朝メシはないのです。検査は10時頃と聞いたので寝てていいや。という事で寝る。注腸バリウム検査は約10年ぶりです。

 9時過ぎ、看護婦に起こされる。「レントゲン室から呼ばれましたよ。行きましょう。」・・・あれ?10時じゃないの?早くなったのか。仕方ない。3階から1階のレントゲン室へ。

 ここから注腸バリウム検査の話です。「注腸バリウム」なる大腸の検査をやった事がある人はほとんどいないでしょう。大腸は普通大腸カメラですが、これでも経験者はそれほどいないと思います。さらに上をゆくのが注腸バリウムですから、一生しない人のほうが多いかもです。・・・一生しないなんて幸せ者ですよ。そこのアンタ。

 この世にはそんな検査があるんです。いったい誰がこんなものを開発したんでしょうか?

 胃のバリウム検査ってありますよね。この経験者は結構いると思います。私は(この時点で)やった事がないですが、バリウムを飲んで、
   「ゲップしないでくださいねー。」
って我慢してレントゲンを撮るやつです。注腸バリウムも同じです。ケツからバリウム飲んで、
   「ゲップしないでくださいねー。」
って我慢してレントゲンを撮るのです。わかりますか?わかんねぇだろうなぁ。・・・いいや!わからせてやる!

 そう、そういうデッカイ検査用の装置があって、レントゲン技師がいて、すぐ横にトイレがあるのです。ケツからバリウム挿入用チューブを入れられ、バリウムを入れられ、空気を入れられ、漏れないようにゴム風船を肛門にはめられ、大腸全体にバリウムが付くように、グルグル回転させられる・・・

 ったくっ!人体実験やんか!!誰がこんなヒデー機械作ったんか!アンタねー、台に縛られてケツからそんな物を入れられて我慢せよ、とは何事ぢゃ!しかも台の上で、「右向いてー。左向いてー。うつ伏せになってー。」って自分からゴロゴロと・・・バカモン!!腹パンパンだっちゅうの!爆発しそうなんや!漏れるやんか!漏らすぞ!・・・をう?ケツにゴム風船でフタしとるやんか(@_@)。これぢゃ出したくても出せんやんか!バッッッッカモーン!!

 一応、痛み止めの注射(ブスコパンってやつ)を肩からしたんですけどね。もう痛いのなんのって・・・いや、痛いとかじゃなく、ホントに腹が爆発しそうなんです。我慢しろったって、出したいんだし、漏れそうなんです。といってもゴム風船が阻止しやがる。クッソー!まったく、クソ話ですよ(^^;)。クッソー!!

 何分やってたのか・・・ああ、やっと検査が終わりです。写真もちゃんと撮れたそうで・・・というか、前やった時はなかったのですが、リアルタイムで自分の大腸の造影がモニターに映っていました。見てるバヤイではなかったですが(^^)

 で、パンパンに張った腹の中のバリウムと空気を抜くのだとか。これは前の時には無かったです。前はトイレ直行でしたが、今回は抜いてくれるとの事。あ~~~、すっきりだよ~~~。抜けた~~~。腹の痛みが無くなった。良かった~~~、生き返った~~~。

 これで検査終了です。どうです?あなたも注腸バリウム検査、やりたくなったでしょう?(^^)

 部屋に戻ったのは10時過ぎ。もう朝メシはいらん。まだちょっとバリウムの気持ち悪さがある。何度かトイレへ行きつつ、ノートパソコンを触る。

 昼食。やっと普通食ですよ。これでコロノスーパー出てきたら・・・飲んでやろうかと思った(^^)。丼ものだった。牛丼だったかな、うまかったです。

 昼食後、今日も面会があるのかな、なんて思っていると、看護婦が、「すいませんけど、部屋を変わっていただけませんか?」と。もう翌日退院なのになぜ?聞くと、その部屋の人でどうも変なヤツがいて、周りの人たちと喧嘩になっているとの事。そいつをどうにかしたいので部屋の移動が必要なんだと。いるんですよねぇ、どうしようもない人って。移動は別に構いません。ヘルパーたちがベッドの移動をやってくれる事に。

 そして部屋の外に出てナースステーションを見たら、私に手を振ってる人が・・・。学生時代からの知人でドラムの4Q(よんきゅう)でした。ロビーへ行き、4Qと会話。

 次に以前勤めていた会社の上司がいらっしゃいました。データベースの会社でしたが、なんとたまたまジャズベースをやっていたので、結構親しかったのです。2人と会話。

 4Qが帰って、元上司と会話。

 今度はヴォーカルの中村真理子ちゃんが来院。2人と会話。

 元上司が帰られ、真理子ちゃんと会話。

 次にヴォーカルの佐野亜利亜さんが、直後にヴォーカルの高樹レイさんが来院。3人と会話。

 そしてジャズ研大先輩でドラムの内田修一さんが来院。同時に真理子ちゃんがお帰り。3人と会話。

 亜利亜さんとレイさんが帰って、内田さんと会話。

 夕食の時間。内田さんは時間的に大丈夫との事でタバコ休憩。そしてまた会話。

 20時20分頃、内田さんが帰られて、この日の面会も終わりました。検査と面会の1日でした。

※面会者
4Q(福原俊介, ds) 元会社の上司
中村真理子(vo) 佐野亜利亜(vo) 高樹レイ(vo) 内田修一(ds)


2003年8月16日(土)
退院~イントロセッション

 6時起床。んもう・・・今日は深夜イントロですよ。こんな早くから起きちゃ体がもたん。

 朝食を済ませ。退院手続きを待ちます。事務に呼ばれて1階で会計。3階で北九州の病院への紹介状をもらう。診断書は後で1階でもらうとの事。

 というところで、この日に泊めてくれる方が来ました。

 1階へ。診断書をもらい、会計。退院。そしてまずその方の家へ。

 入院で問題なのは風呂に入れない事です。全く入れない事はないのですが、曜日や時間が決められていて、今回の私のような短期入院では入れません。なのでまず入浴させてもらいました。

 しばらく休憩。入院疲れです。

 そして、入院の途中で決まった、高田馬場のイントロセッションです。22時頃に着けばいいかな、という感じで出発。

 イントロへ。まずヴォーカルのつばっちさんに会いました。そして中へ入ろうとしましたが、すでに満員状態。外にも人がいて、ちょうど曲が終わったのか、中から人がドドっと出て来ました。ドアから中を覗くとジャズ研大先輩でベースの村山先生がいます。「ここが空いてる」のような感じで手を振って合図をしていましたが、人が沢山でとても入れる状態ではないです。

 う~ん、ちょっと早すぎたかな?もうちょっと待ってみようか、と思っていたところで、中から2人外へ。トランペットの岡崎好朗くんとヴォーカルの高樹レイさんでした。岡崎くんとは久しぶりでした。

 その後、店に入る前、店長でアルトの井上さんが外に出てきました。井上さんとも久しぶりでした。

 そして入店。村山先生の隣りに座ると、近くにジャズ研の後輩たちが3人。トランペットの清水まるこちゃん、現役のテナーの石川くん、ドラムの北澤くん、でした。それに演奏していたベースは岸くんでした。ジャズ研の人たちも集まってくれました。

 カウンターを見ると、マスターがいました。久しぶりでしたねぇ。で、マスターに、今回のイントロのセッションが東京最後のセッションでプロの人たちも沢山呼んだのを伝えると、

   「よし、今日はじみたスペシャルデーだ!」

だと。マスターが一番張り切っています(^^)。いや~、ありがたいですね。

 そして早速、私の出番。マスターから「ラッパの岡崎入れてやろうよ。ベースは村山さんで。」。ドラムはマスターです。

 ここから詳細は割愛しますが、沢山の知人に来ていただきました。ありがとうございました。メンバーは下のほうに載せます。

 朝6時半頃(^^;)、最後の曲が終了。さすがにすぐ店を出る事にしました。残っていた方に挨拶。泊めてくれる方の家へ。直後、爆睡でした(^^)

※参加者

岡崎好朗(tp) 山田穣(as) 吉野ミユキ(as) 守谷美由貴(as)
塩本彰(g) 関根敏行(p) 加藤国夫(p)
香川裕史(b) 佐藤"ハチ"恭彦(b) 佐瀬正(b) 磯部英貴(b) 高橋節(b)
小泉高之(ds) 正清泉(ds) 山口新語(ds) 4Q(福原俊介, ds)
高樹レイ(vo) つばっち(vo) 小林直子(vo) Ketty(vo)

理科大関係
村山秀樹(b) 岸典生(b) 楠直孝(p) 清水まるこ(tp)
中津裕子(b) 石川陽平(ts) 北澤誠(ds)

演奏していない人
諸田富男(ds) 小泉清人(g, b) 林正男(b) 鈴木リエ(vo)

その他大勢


2003年8月17日(日)
休日

 何もしていません。入院とイントロで疲れ切って、泊めてくれた方の家で1日ゴロゴロしていました。でもビールは飲みました(^^)。正確には発泡酒ですが。久しぶりのビール。うまかったです。


2003年8月18日(月)
帰郷

 泊めてくれた方が午前中仕事の休みをとってくれたので、その人の午後出社に間に合うように東京駅へ。新幹線に乗車。そこでその方と別れました。13時前に東京を発車。小倉駅へ。そして自宅へ。無事に家に着きました。

 検査の入院だけだったのが、セッションもあり、他にも色々とあり、変わった東京ツアーみたいになってしまいました(^^;)。関係者の方々、ありがとうございました。


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