じみたの歴史
− 1991年 −


私の1991年の出来事です。
日付 出来事 初めての人
1991 セガでのプロジェクト第3弾 メガドライブ「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」
 <ドリカムの中村正人さんに会う>
 
1991/01/01(火) 初詣ってこんなだったか・・・浅草寺
 <参りました>
 
1991/01/02(水)
〜1991/01/03(木)
  泊まりでお座敷セッション 理科大ジャズ研OB「林至」宅
セッション 関内「エアジン」
 
1990/01/13(日)   ラッパのナバロ宅で新年会セッション  
1990/01/22(火)   ライブ観賞 フィル・ウッズ・グループ  青山「ブルーノート」  
1990/02/19(火)   ライブ鑑賞 小曽根真 & ゲイリー・バートン グループ  
1990/02/20(水)   セッション 目黒「SONOKA」 廣江靖(ds) 
1991/02/24(日)  
ライブ  小沢祐二グループ 八王子「BASH!」
小沢祐二(ts)、豊田<ナバロ>晃(tp)
久保田浩(p)、大橋明(b)、中原康仁(ds)
 
1991/02/27(水)   ライブ鑑賞 ハービー・ハンコック・トリオ 青山「ブルーノート」  
1991/04/07(日)  
学バン セッション 東工大ジャズ研
豊田<ナバロ>晃(tp)、谷口英治(cl)
久保田浩(p)、安ヶ川大樹(b)、西尾研一(ds)
 
1991/04/27(土) ライブ鑑賞 野村潤バンド 西麻布「Woody Bell」 野村潤(ts)
長谷川泰弘(b)
1991/06/07(日)
ライブ  相楽賢哉バンド(with 野村潤) 銀座「28’GINZA」
相楽賢哉(tb)、野村潤(ts)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、鏡剛(ds)
 <相楽バンド開始>
 
1991/06/15(日)  
仕事  理科大ジャズ研先輩「苅田邦久」&後輩「渡辺<$子>恭子」
 結婚披露宴
久保田浩(p)、安ヶ川大樹(b)
 
1991/06/24(月)   学バン鑑賞 田中哲也ファーガソンバンド 慶応日吉塾生会館 田中哲也(tp) 
1991/06/29(土)   リクルート社のパーティでの演奏
  ・・・理科大ジャズ研OBバンド+野村潤、西尾研一
 
1991/07/12(金)  
仕事  本郷のスポーツクラブのパーティ
波多野<Payapa>素子(vo)、田中邦和(ts)、久保田浩(p)、脇義典(b)
 
1991/07/14(日)  
デモ テープレコーディング 相楽賢哉 & じみたデュオ
相楽賢哉(tb)、久保田浩(p)
 
1991/07/16(火)
セッション リーダー 志水まどかセッション 西麻布「Woody Bell」
志水まどか(vo)、久保田浩(p)、志村洋一(b)、天川洋一(ds)
 <志水まどかセッション 西麻布「Woody Bell」開始>
志水まどか(vo)
天川洋一(ds)
1991/08/03(土)
ライブ  井口健一バンド 代々木「NARU」
井口健一(ts)、久保田浩(p)、鈴木保志(b)、宮本達也(ds)
 <井口バンドに参加>
井口健一(ts)
鈴木保志(b)
宮本達也(ds)
小俣景子(vo)
1991/08/10(土)   ライブ鑑賞 古川奈都子デキシーバンド 恵比寿「Rose Room」  
1991/09/06(金)
ライブ  相楽賢哉バンド(with 野村潤) 西麻布「Woody Bell」
相楽賢哉(tb)、野村潤(ts)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、鏡剛(ds)
 <超満員ライブ>
 
1991/09/08(日)  
仕事  新宿「カーニバル」での結婚式二次会 
 (理科大ジャズ研後輩「Payapa」関係)
波多野<Payapa>素子(vo)、久保田浩(p)
 
1991/09/21(土)  
仕事  明治BS「相楽賢哉」結婚披露宴
久保田浩(p)、安ヶ川大樹(b)
 
1991/10/04(金)  
ライブ  相楽賢哉バンド 銀座「28’GINZA」
相楽賢哉(tb)、熊谷卓(ts)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、鏡剛(ds)
熊谷卓(ts)
1991/10/06(日)   キーボード指導 スタジオ池袋「Let's」  
1991/10/17(木)
ライブ  波多野素子バースデイライブ 西麻布「Woody Bell」
波多野<Payapa>素子(vo)、本田健二(tp)、相楽賢哉(tb)
久保田浩(p)、浅田聡(eb)、田中尚穂(ds)、伊達弦(per)
 <パーカッションの伊達弦さん>
伊達弦(per)
1991/10/26(土)  
仕事  理科大ジャズ研先輩「広瀬英明」&「望主雅子」結婚披露宴
 久保田浩(p)、栗原<Φ(フェイ)>祟(b)
 
1991/11/02(土)   仕事 目白「椿山荘」での結婚披露宴
 (東工大ジャズ研OB「西尾研一」さん関係)
 
1991/11/03(日)   理科大ジャズ研のコンサート出演「係長能登谷厚U」
早稲田祭出演「小沢祐二バンド」
 
1991/11/03(日)   ライブ鑑賞 中村誠一グループ 新宿「ピットイン」
 <テナーのブランフォード・マルサリス飛び入り>
 
1991/11/04(月)
仕事  明治BS「西田知央」結婚披露宴
久保田浩(p)、磯部英貴(b)
 <磯部くんとは実はOBになってから初共演>
磯部英貴(b)
1991/11/13(水)   早稲田スイング研に遊びに行く・・・古西忠哲くんに誘われて 古西忠哲(b) 
1991/11/23(土)   理大祭「あけみ」にゲストバンドで演奏
 ・・・久保田耕司−脇義典(1曲ハチ)−西尾研一
 
1991/11/24(日)   東大駒場祭に遊びに行く  
1991/12/08(日) 明治BS 相楽賢哉 & 西田知央 & 橋本知彦 合同結婚パーティ
 青山「ベルコモンズ」
 
1991/12/12(木)  
ライブ  相楽賢哉バンド 西麻布「Woody Bell」・・・ドラムが岩城昌宏へ
相楽賢哉(tb)、熊谷卓(ts)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、岩城昌宏(ds)
 
1991/12/12(木)   ライブ鑑賞 オスカー・ピーターソン・トリオ+1 青山「ブルーノート」・・・3回目  
1991/12/20(金)   早稲田スイング研クリスマスセッションに遊びに行く
1991/12/22(日)  
仕事  明治BS「橋本知彦」結婚披露宴
久保田浩(p)、磯部英貴(b)
 
1991/12/23(月)
仕事  ボーカル発表会 西麻布ボーカルスクール「Woody Bell」
久保田浩(p)、大坪寛彦(b)、中野裕次(ds)、他(vo)
 <西麻布ボーカルスクール「Woody Bell」での仕事開始>
大坪寛彦(b)
中野裕次(ds)
1991/12/26(木)
ライブ  Hammingbirdsラストライブ 西麻布「Woody Bell」
 ・・・波多野素子、中馬啓子
波多野<Payapa>素子、中馬啓子(vo)、苅田<$子>恭子(as)
久保田浩(p)、脇義典(b)、天川洋一(ds)
中馬啓子(vo)
1991/12/29(日)   理科大ジャズ研忘年会セッション 大井町「JAM BOX」  
1991/12/31(火) ライブ鑑賞 大晦日オールナイトジャムセッションライブ 新宿「カーニバル」
 <この日演奏していたバンドの中の1つ、鈴木道子グループを見る>
 <ボーカルのイメージが変わる・・・人生が変わる>
 

上記以外のライブや仕事です。

井口健一バンド 井口健一(ts)、久保田浩(p)、鈴木保志(b)、宮本達也(ds) 代々木「NARU」
小沢祐二バンド 小沢祐二(ts)、久保田浩(p)、小野寺浩(b)、鏡剛(ds) 八王子「BASH!」
志水まどかセッション 志水まどか(vo)、久保田浩(p)、志村洋一(b)、天川洋一(ds) 西麻布「Woody Bell」

★セガでのプロジェクト第3弾 メガドライブ「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」
 <ドリカムの中村正人さんに会う>
1991 / 25歳〜26歳
 セガでのプロジェクトの第3弾です。メガドライブ用のゲームです。
 セガの「ソニック」というハリネズミのキャラクターを知ってるでしょうか? このキャラクターを使った一番最初のゲームです。というかこのゲームのためにキャラクターを作ったんですね。

 当初からこのゲームの音楽はドリカムの中村正人さん(ベース弾いてる人ね)にお願いすることになっていました。実は私はこの時ドリカムをよく知りませんでした。
    「ドリームズ・カム・トゥルー?」
    「ふ〜ん。」
ってな感じです。
 ゲーム担当の社員数人で事務所におじゃまし、中村さんはそこにいました。とても話しやすいごく普通の人でした。どこにでもいるお兄ちゃんでした。私は個人的にジャズピアノを弾いてることを言うと、「へえ、ジャズピアノですか。すばらしいですね。」とお誉めの言葉を・・・私の演奏を聴いたわけじゃないんですけどね。中村さんはその昔スタジオミュージシャンをやっていたそうです。そのあたりが何か関係しているかもしれません。ドリカムの結成の話も聞きました。
 そして中村さんにはゲームのサンプル画面を見ていただいて我々は帰社しました。
 数日後、
    「ドリカムが『笑っていいとも』に出てるよ。」
っていうんでテレビ見たら、なんとTVショッキングのコーナーに出てるじゃありませんか。もうそんなに有名だったんですね。
 作っていただいた曲は録音テープで送ってもらったので、ゲーム用にデータを作って音色を付けて完成です。
 その後、この曲をゲームセンターにあるUFOキャッチャーで使うことになりデータをそのまま移植。
 というわけでこのころ作られたUFOキャッチャーで流れている曲は、あのドリカムの中村さんが作ったんですね。まだ流れているところもあるでしょうね。

 ちなみに日本のポップスを聴かない私でさえ、ドリカムはいいと思います。ちょっと古いアメリカンポップスのような感じがとてもよいです。中村さんもそれをねらったと言ってました。そのころの日本の凝ったポップスのような感じではなく、ちょっと古めのアメリカンポップスのような、もっと普通っぽく聴きやすいバンドにしたかったと言ってました。でもそういうことをやっても日本では売れるかどうかわかりません。こんなに売れてしまうとは中村さんも思ってなかったようです。

★初詣ってこんなだったか・・・浅草寺
 <参りました>
1991/01/01(火) / 25歳
 行きましたです。超有名な浅草寺へ。
 関東近くでない人はどう思うんでしょうねえ。明治神宮や浅草寺はテレビでもやっていますよね。あれを見て行きたいと思うのか、あんな人ゴミだらけの所なんか絶対行くかと思うのか。

 前日の大晦日の夕方、池袋東口の「手」の前で某女性と待ち合わせです。・・・誰ぢゃ?・・・いや別に付き合ってたわけじゃありません・・・ナニィ?彼女でもないのに前日から初詣に行く約束だとぉ?・・・いいじゃないですか別に。誘われたし、空いてたから行ったんです・・・コラッ!そんなことしてるからじみたはいつまでたってもだめなんぢゃ!・・・まあいいじゃないですか。もう昔のことです。そうそう、池袋の東口で待ち合わせをするんなら「手」の像の前がいいですよ。ここ人が少ないです。渋谷のハチ公みたいなことにならないです。
 まず深大寺のそばを食べに行きました。うまいところがあるんですよ、深大寺に。大学時代に理科大ジャズ研の先輩の浅田さんの車で何人かでよく食べに行ったもんです。ところが深大寺に着いたら、その一番うまいそば屋はもう閉まっていた・・・おい、大晦日の深大寺のそば屋だぞ。なんたること・・・。仕方ないので別のそば屋へ行きました。ここは・・・普通でした。
 そばを食べ終わってから深大寺へ、ここで年を越します。深大寺は人出は普通ですね。少なくもないし多くもない、ちょうどよろしいです。
 で、浅草寺へ行くことになりました。少し休んでから浅草へ向かいます。着いたのは朝でした。雷門あたりをうろうろしてから浅草寺へ歩いていきます。もうそのあたりから人ゴミが結構すごいです。
 浅草寺が見えるあたりまで行くと・・・いや、見えません。というか動けません。途中から動けません。たいへんです。前後左右ピッタンコです。少しずつ前に進むんですが、進むたびに一緒に来た女性と分別されてしまう。しかも分別されたら元に戻すのは一苦労。一旦見えなくなるまで分別されてしまったら二度と会えなくなります。こっちもピッタンコにひっついてないと・・・たいへんでした。
 前の方まで行くと・・後ろからさい銭を投げるやつがおる。それもかなりいます。これがたまに頭にぶつかるんですね。もう動けないわ頭痛いやらで・・・私はもうこの時点でやる気なしです。早く解放されたい。っていうかそこまでして初詣ってやるもんなのでしょうか。もともと私はそういうイベントは好きじゃないんですが、それでも高校までは親と一緒に近くの神社へ行きました。北九州の田舎ですから人出はちょうどいい感じです。テレビでは明治神宮とかを見てましたが、まさかこんなメチャクチャなことになってるとは思いませんでした。
 なんとか鐘の前まで行きました。予想どおりです。後ろからがんがんさい銭を打ってきます。わしは的じゃないっつーの。一緒の女性も「早く行きましょう」状態になりました。もうお参りどころではありません。
 まあ人それぞれですから、これが好きな人はいいんです。私はちょっと勘弁です。というか、もともと初詣なんてものはそういうものじゃないはずです。いったいどうなっているんでしょう。これでお参りをしたという気分になるんでしょうか。明治神宮とかはもっとすごいんでしょうか。
 いや〜、これに参ってしまった私は、どっかで少しビールか酒でも飲んでから帰りたい気分です。と思っていたところ、
    「プリンが食べたいですねえ。」
フニャ〜・・・女の子ってのはそういうもんなのでしょうか。まあいいんですけど。
 以上、初詣はどうあるべきか・・・の講座でした。

泊まりでお座敷セッション 理科大ジャズ研OB「林至」宅
セッション 関内「エアジン」
1991/01/02(水)〜1991/01/03(木) / 25歳
 お座敷・・・林至(g)、牛山善太(g)、久保田浩(p)、大橋明(b)、能登谷厚(ds)、その他
 エアジン・・・高島<Eve>直樹(tp)、牛山善太(g)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、能登谷厚(ds)

 理科大ジャズ研OBのギターの林さんの家でセッションがあるというので行きました。夕方から泊まりです。林さん特製のカレーなんぞを頂きつつ、自宅でのんびりとセッションです。いいもんです。

 翌日、夕方から横浜のアマチュアのジャズ会のようなものの主催で、関内の「エアジン」でバンド演奏ができるというので行きました。

ラッパのナバロ宅で新年会セッション
1990/01/13(日) / 25歳
 ナバロ(tp)、$子(as)、じみた(p)、浅田聡(b)

 トランペットのナバロの家で新年会がてらセッションを行いました。トランプなどのゲームをやりつつ酒を飲みつつセッションをしました。

ライブ観賞 フィル・ウッズ・グループ 青山「ブルーノート」
1990/01/22(火) / 25歳
 フィル・ウッズ(as)、他

 青山のブルーノートにフィル・ウッズのバンドを見に行きました。メンバーはフィル・ウッズ以外覚えていません。私はフィル・ウッズは好きです。期待してたんですが、このライブは今ひとつでした。悪くはなかったんですが、往年のすばらしい演奏を知っているだけにちょっと残念でした。

ライブ鑑賞 小曽根真 & ゲイリー・バートン グループ
1990/02/19(火) / 25歳
 小曽根真(p)、ゲイリー・バートン(vib)、他

 小曽根真とゲイリー・バートンのバンドを見に行きました。場所は市ヶ谷でした。他のメンバーは覚えていません。小曽根真はチック・コリアのような感じでした。ゲイリー・バートンはさすがすごかったです。

セッション 目黒「SONOKA」・・・廣江靖
1990/02/20(水) / 25歳
 石田博(as)、?(p)、白鳥利卓(b)、廣江靖(ds)

 目黒の「SONOKA」のセッションに行きました。3回目です。この頃のリーダーバンドのドラムは、亡くなった藤沢博延さんがほとんどやっていましたが、この日だったと思いますが廣江さんでした。

ライブ 小沢祐二グループ 八王子「BASH!」
1990/02/24(日) / 25歳
 小沢祐二(ts)、豊田<ナバロ>晃(tp)、久保田浩(p)、大橋明(b)、中原康仁(ds)

 小沢バンドとは違うメンバーで八王子のライブハウス「BASH!」に出演しました。ベースの大橋さんは理科大ジャズ研のOBです。

ライブ鑑賞 ハービー・ハンコック・トリオ 青山「ブルーノート」
1991/02/27(水) / 25歳
 ハービー・ハンコック(p)、バスター・ウィリアムス(b)、アル・フォスター(ds)

 青山のブルーノートにハービー・ハンコックトリオを見に行きました。
 このトリオはよかったです。1曲目は「Footprints」でした。何曲めかに「If I Were A Bell」をBbで演奏していました。

学バンセッション 東工大ジャズ研・・・ナバロ、谷口英治、安ヶ川大樹、西尾研一
1991/04/07(日) / 25歳
 豊田<ナバロ>晃(tp)、谷口英治(cl)、久保田浩(p)、安ヶ川大樹(b)、西尾研一(ds)

 東京工業大学のジャズ研でセッションを行いました。とにかくいいセッションでした。今でも録音テープを持っています。

★ライブ鑑賞 野村潤バンド 西麻布「Woody Bell」・・・野村潤、長谷川泰弘
1991/04/27(土) / 25歳
 野村潤(ts)、長谷川泰弘(b)、他

 ラッパのナバロと一緒に野村潤バンドのライブを見に行きました。ナバロが潤ちゃんとどこかで知り合ったようです。ここでテナーの潤ちゃんとベースの長谷川さんと知り合いました。長谷川さんは何も書いていない名刺の用紙に、青の太いペンでその場で書いていました。もちろんその名刺は今でも持っています。

★ライブ 相楽賢哉バンド(with 野村潤) 銀座「28’GINZA」
 <相楽バンド開始>
1991/06/07(日) / 25歳
 相楽賢哉(tb)、野村潤(ts)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、鏡剛(ds)

 銀座の「28’GINZA」で、「Swing Spice」という名の企画があり、明治BSのOBのトロンボーンの相楽くんのバンドでライブを行いました。
 相楽くんが、当時すでにプロミュージシャンだったテナーの潤ちゃんをバンドに迎えました。残りの4人はアマチュアです。ドラムの鏡くんはまだ慶応大学の学生でした。
 この相楽バンドでしばらくの間活動しました。

仕事 理科大ジャズ研先輩「苅田邦久」&後輩「渡辺<$子>恭子」結婚披露宴
1991/06/15(日) / 25歳
 久保田浩(p)、安ヶ川大樹(b)

 理科大ジャズ研先輩で4つ上の先輩のテナーの苅田さんと、1つ下の後輩のアルトの$子の結婚披露宴がありました。場所は千駄ヶ谷の日本青年館ホールでした。この披露宴のバック演奏を行いました。
 二次会はこの2週間後の6月30日(日)に六本木のサテンドールで開かれました。
 苅田さんと$子は「じみたの歴史」のいろんなところに登場してるんでここでは改めて書く必要はないですね。

学バン鑑賞 田中哲也ファーガソンバンド 慶応日吉塾生会館
1991/06/24(月) / 25歳
 早稲田ハイソのトランペットの田中哲也くんがリーダーのバンド、ファーガソンバンドのライブがあったので見に行きました、場所は慶応大学の日吉校舎の熟生会館でした。このバンドは名前のとおり、メーナード・ファーガソン・バンドのコピーバンドです。

リクルート社のパーティでの演奏・・・理科大ジャズ研OBバンド+野村潤、西尾研一
1991/06/29(土) / 25歳
 林至(g)、牛山善太(g)、野村潤(ts)、じみた(p)、大橋明(b)、西尾研一(ds)

理科大ジャズ研先輩のドラムの市川さんの勤めている会社のパーティがありました。場所はリクルート社の東新橋ビルです。バンド演奏のパーティでいくつかのバンドが演奏していました。そのパーティに理科大ジャズ研OBバンドで参加しました。ドラムの西尾さんは理科大ではなく、東工大のジャズ研OBです。

仕事 本郷のスポーツクラブのパーティ・・・Payapa、田中邦和、脇義典
1991/07/12(金) / 25歳
 波多野<Payapa>素子(vo)、田中邦和(ts)、久保田浩(p)、脇義典(b)

 本郷のスポーツクラブのパーティのバック演奏を行ないました。ボーカルのPayapaは理科大ジャズ研の後輩、テナーの田中くんとベースの脇くんは東大のジャズ研でした。

デモテープレコーディング 相楽賢哉 & じみたデュオ
1991/07/14(日) / 25歳
 相楽賢哉(tb)、久保田浩(p)

 明治BSのOBのトロンボーンの相楽くんとデモテープのレコーディングを行いました。場所は新富町の平凡商事でした。
 「ブルーレディーに赤いバラ」というスタンダードがなんかよかったです。

★セッションリーダー 志水まどかセッション 西麻布「Woody Bell」・・・天川洋一
 <志水まどかセッション開始>
1991/07/16(火) / 25歳
 志水まどか(vo)、久保田浩(p)、志村洋一(b)、天川洋一(ds)

 西麻布のボーカルスクール「Woody Bell」でボーカルの志水まどかさんのセッションのリーダーバンドをやりました。この後、しばらくの間、志水まどかセッションは続きます。
 この頃、ドラムの天川さんと初めて一緒に演奏したと思います。

★ライブ 井口バンド 代々木「NARU」
 <井口バンドに参加>
1991/08/03(土) / 25歳
 井口健一(ts)、久保田浩(p)、鈴木保志(b)、宮本達也(ds)

 井口バンドのピアノのトラで、初めて代々木「NARU」に主演しました。井口さんは私の出身である理科大ジャズ研の大先輩です。
 当時、井口バンドのピアノは理科大ジャズ研のOBの練木栄二さんがレギュラーでした。この日は練木さんが出来ないというので私がトラで誘われました。ところがその後なぜかピアノはずっと私に・・・いつのまにか私がレギュラーになってました。練木さんすいません。いや、私が悪いのではなくバンマスが・・・
 井口バンドにはこの後約6年間たいへんお世話になりました。また井口バンドで数々のミュージシャンやボーカリストと知り合いになりました。
 またこの頃の井口バンドにはボーカルはいませんでした。この日のベースは鈴木保志さんでしたが、レギュラーは理科大ジャズ研の先輩の浅田さんがやっていました。
 この日ではなかったと思いますが、井口バンドでボーカルの小俣景子ちゃんに会いました。井口バンドの日に代々木「NARU」でアルバイトをしていて、飛び入りで歌っていました。

ライブ鑑賞 古川奈都子デキシーバンド 恵比寿「Rose Room」
1991/08/10(土) / 25歳
 古川奈都子(p)、他

 ピアノの古川奈都子さんのデキシーのバンドを見に、恵比寿のライブハウス「Rose Room」へ行きました。他のメンバーは覚えていません。古川さんはとても力強いピアノでした。
 本当は古川さんを見に行ったわけではありません。確かこのバンドのドラムの人が、一緒に見に行った人の知り合いだったので見に行きました。

★ライブ 相楽賢哉バンド(with 野村潤) 西麻布「Woody Bell」
 <超満員ライブ>
1991/09/06(金) / 25歳
 相楽賢哉(tb)、野村潤(ts)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、鏡剛(ds)

 西麻布のボーカルスクール「Woody Bell」で、明治BSのOBのトロンボーンの相楽くんのバンドでライブを行いました。
 この時のお客さんの多かったこと。このお店はだいたい30人ぐらいで満員になるんですが、40人以上お客さんが来ていました。立ち見まで出ていました。とにかくものすごい数のお客でした。
 中央大学スイングクリスタルのピアノの戸塚多恵子ちゃんが見に来てましたね。名前は知ってましたが初めて会いました。うわさには東南アジア系のまゆげをしているとか聞いてましたが・・・なるほど・・・でもとてもかわいい子です。

仕事 新宿「カーニバル」での結婚式二次会 (理科大ジャズ研後輩「Payapa」関係)
1991/09/08(日) / 25歳
 波多野<Payapa>素子(vo)、久保田浩(p)

 理科大ジャズ研の後輩のPayapaに誘われて、結婚式二次会で演奏を行いました。デュオです。
 3曲演奏しましたが、その中の「Tuck & Patty」の「Tears Of Joy」はよく覚えています。これは難しい曲です。もともとギターとデュオの曲ですからね。でもなかなかよかったです。

仕事 明治BS「相楽賢哉」結婚披露宴
1991/09/21(土) / 25歳
 久保田浩(p)、安ヶ川大樹(b)

 明治BSのOBのトロンボーンの相楽くんの結婚披露宴があり、この披露宴のバック演奏を行いました。場所は目白の椿山荘でした。 相楽くんの後輩でもある安ヶ川くんとデュオでした。

ライブ 相楽賢哉バンド 銀座「28’GINZA」・・・熊谷卓
1991/10/04(金) / 25歳
 相楽賢哉(tb)、熊谷卓(ts)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、鏡剛(ds)

 この年の6月にあった銀座の「28’GINZA」でのSwing Spiceという名の企画の第2段がありました。前回と同様、明治BSのOBのトロンボーンの相楽くんのバンドでライブを行いました。テナーの熊谷くんは慶応ライト出身で私と同期です。私は学生の時に六大学ビッグバンドコンサートで顔は知っていましたが、一緒に演奏するのはこれが初めてでした。
 相楽バンドはこのメンバーでしばらくの間、「Wood Bell」でライブを行います。
 この日、ベースの古西くんが見にきました。相楽くんの後輩ですからね。

キーボード指導 スタジオ池袋「Let's」
1991/10/06(日) / 25歳
 6月29日にあったリクルート社のパーティで知り合ったキーボードの女性に、「キーボードの音を教えてください」と言われ、スタジオを取りました。私はシンセの音関係はあんまり詳しくないんですけどねえ。スタジオに早めに着いたので待っていると、その子は1人でヤマハのDX−7を担いで運んで来ました。まあ、たいへんだったろうに。そこまでしてキーボードの音を習いたかったんですね。リクルートの社員でした。

★ライブ 波多野素子バースデイライブ 西麻布「Woody Bell」
 <パーカッションの伊達弦さん>
1991/10/17(木) / 26歳
 波多野<Payapa>素子(vo)、本田健二(tp)、相楽賢哉(tb)、久保田浩(p)、浅田聡(eb)、田中尚穂(ds)、伊達弦(per)

 理科大ジャズ研の1つ下の後輩、Payapaのバースデイライブを西麻布の「Woody Bell」で行ないました。この時演奏した「Ya-Tra-Ta」はよく覚えています。トランペットの本田くんは東工大のジャズ研出身です、私より少し下の代です。
 パーカッションの伊達弦さんはドラムの田中高穂さんが連れてきました。弦さんはこの時は無名でしたが、のちに「オルケスタ・デ・ラ・ルス」のパーカッションとして世界中で大活躍しました。体がでかく色黒で、いかにもパーカスって感じの人で、性格もとてもよく、音楽に対しては超真面目でした。

仕事 理科大ジャズ研先輩「広瀬英明」&「望主雅子」結婚披露宴
1991/10/26(土) / 26歳
 久保田浩(p)、栗原<Φ(フェイ)>祟(b)

 理科大ジャズ研で3つ上の先輩のギターの広瀬さんと、1つ上の先輩のピアノの望主さんの結婚披露宴がありました。この披露宴のバック演奏を行いました。
 広瀬さんは私が入部したときの部長でした。その時はレギュラーバンド「スパイラル・ステップス」にいました。いや〜、ギターうまかったですね。先輩にも「理科大始まって以来だ」とか言われました。広瀬さんはめずらしく(?)4年で卒業し就職したので一緒にいたのは1年間だけでした。まあでも合宿やら理大祭やらには必ず来てますね。
 望主さんは大学は東京女子大学です。望主さんも私が入部したときに「スパイラル・ステップス」にいました。翌年も「スパイラル・ステップス」でした。私が現役の時は望主さんのピアノ参考にさせていただきました。

仕事 目白「椿山荘」での結婚披露宴 (東工大ジャズ研OB「西尾研一」さん関係)
1991/11/02(土) / 26歳
 久保田耕司(as)、久保田浩(p)、脇義典(b)、西尾研一(ds)

 東工大ジャズ研OBのドラムの西尾さんに誘われて、結婚披露宴でバックの演奏を行いました。アルトの久保田耕司さんも東工大のジャズ研OBです。ベースの脇くんは東大のジャズ研です。

理科大ジャズ研のコンサート出演「係長能登谷厚U」
早稲田祭出演「小沢祐二バンド」
1991/11/03(日) / 26歳
 <係長能登谷厚U>
 高島<Eve>直樹(tp)、苅田邦久(ts)、牛山善太(g)、久保田浩(p)、栗原<Φ(フェイ)>祟(b)、能登谷厚(ds)

 <小沢祐二バンド>
 小沢祐二(ts)、久保田浩(p)、小野寺浩(b)、鏡剛(ds)

 この日、理科大ジャズ研コンサートと早稲田祭の2ヶ所で演奏しました。
 理科大ジャズ研コンサートは場所は六本木のピットインでした。これはOBバンドです。しかし<係長能登谷厚U>・・・安易というかなんというか・・・過去のコンサートのパンフレット見るといつ昇進したかわかってしまうじゃないですか。まあいいんですけどね。
 早稲田祭のほうは場所は早稲田ハイソで小沢バンドで出演しました。

ライブ鑑賞 中村誠一グループ 新宿「ピットイン」
 <テナーのブランフォード・マルサリス飛び入り>
1991/11/03(日) / 26歳
 中村誠一(ts)、竹野昌邦(ts)、竹内直(ts)、臼庭潤(ts)、南博(p)、鈴木良雄(b)、村石雅行(ds)

 この年だったかどうか覚えていません。テナーの残り3人もあやしいです。
 早稲田祭に行き、そこでうわさが流れました。
    「今日の新宿ピットにブランフォードが飛び入りするらしい。」
どこでそういう情報を仕入れるのか知りません。ほんとかどうかもわかりません。中村誠一さんも見たことないし、行ってみるか、ということで行きました。
 4人のテナーのバンドでした。2ステージめの途中でうわさどおり、ブランフォード・マルサリスが紹介され、ステージにあがりました。しかも楽器は持ってきておらず、誰かのソプラノを借りて吹いていました。曲はブランフォードのオリジナルでは一番有名な「Swinging At The Haven」でした。すばらしかったです。このメンバーの中ではベテランは中村さんとチンさんこと鈴木良雄さんだけです。2人ともブランフォードとは知り合いのようでした。ブランフォードは2人と話をしていました。

★仕事 明治BS「西田知央」結婚披露宴・・・磯部英貴デュオ
 <磯部くんとは実はOBになってから初共演>
1991/11/04(月) / 26歳
 久保田浩(p)、磯部英貴(b)

 明治BSのOBのドラムの西田くんの結婚披露宴があり、この披露宴のバック演奏を行いました。場所は新宿のホテルサンルート東京でした。ベースは西田くんの先輩である磯部くんです。
 学生時代に顔は知っていた磯部くんと初めて一緒に演奏しました。

早稲田スイング研に遊びに行く・・・古西忠哲くんに誘われて
1991/11/13(水) / 26歳
 明治BSのベースの古西くんに誘われて早稲田スイング研に遊びに行きました。この頃から古西くんとセッションするようになりました。

理大祭「あけみ」にゲストバンドで演奏・・・久保田耕司−脇義典(1曲ハチ)−西尾研一
1991/11/23(土) / 26歳
 久保田耕司(as)、久保田浩(p)、脇義典(b)、西尾研一(ds)

 理大祭「あけみ」に私が連れて来たメンバーで演奏を行いました。ベースの脇くんが遅刻したため、最初の1曲だけ、この時遊びに来てたベースの佐藤<ハチ>恭彦くんに演奏してもらいました。

東大駒場祭に遊びに行く
1991/11/24(日) / 26歳
 東京大学の駒場祭に遊びに行きました。東大ジャズ研のベースの脇義典くんや東工大ジャズ研のピアノの阿部くんなどがいました。
 一番最初のバンドはなぜか今井美樹の歌をやっていました。なんぢゃいったい?
 その曲が終わるとMCを始めました。
    「突然、今井美樹の歌でびっくりされたと思いますが、」
ええそうです、私はジャズを聴きに来たのです。
    「次も今井美樹の歌で・・・」
・・・ジャズ研の必要はありません。よそでやりましょう。

★明治BS 相楽賢哉 & 西田知央 & 橋本知彦 合同結婚パーティ 青山「ベルコモンズ」
1991/12/08(日) / 26歳
 明治BSで私の1つ下の代になる、トロンボーンの相楽賢哉くん、テナーの橋本知彦くん、ドラムの西田知央くんの合同結婚パーティがありました。場所は青山のベルコモンズでした。合同結婚式二次会です。でも橋本くんはこの後に披露宴があるんですけど・・・
 3人の合同パーティですから規模が大きいです。それにベルコモンズですからね。普通の披露宴会場やライブハウスとは大きさが違う。何百人入るかわかりません。パーティ自体も演奏や普通のゲームだけでなく、占い師の場所があったりでたいへん楽しいものでした。
 私は客入りの時に、理科大ジャズ研の後輩の$子や慶応ライトの熊谷卓くんたちと演奏をしました。メインはやはりビッグバンドです。このパーティ用の特別ビッグバンドがありました。もちろん六大ビッグバンド連盟関係者です。最後は彼らも加わって演奏しました。 すばらしいパーティでした。

ライブ 相楽賢哉バンド 西麻布「Woody Bell」・・・ドラムが岩城昌宏へ
1991/12/09(月) / 26歳
 相楽賢哉(tb)、熊谷卓(ts)、久保田浩(p)、浅田聡(b)、岩城昌宏(ds)

 西麻布のボーカルスクール「Woody Bell」で、明治BSのOBのトロンボーンの相楽くんのバンドでライブを行っていますが、この時からドラムが替わりました。ドラムの岩城くんは中央大学スイングクリスタルです。私の3つ下の代になります。
 相楽バンドはこのメンバーでしばらく続けることになります。

ライブ鑑賞 オスカー・ピーターソン・トリオ+1 青山「ブルーノート」・・・3回目
1991/12/12(木) / 26歳
 オスカー・ピーターソン(p)、ハーブ・エリス(g)、レイ・ブラウン(b)、ジェフ・ハミルトン(ds)

 青山の「ブルーノート」にオスカー・ピーターソンのライブを見に行きました。3回目です。前回とメンバーは同じでした。
 内容も前回と同様です。すばらしいライブでした。

早稲田スイング研クリスマスセッションに遊びに行く
1991/12/20(金) / 26歳
 早稲田スイング研のクリスマスセッションに遊びに行きました。

仕事 明治BS「橋本知彦」結婚披露宴
1991/12/22(日) / 26歳
 久保田浩(p)、磯部英貴(b)

 明治BSのOBのテナーの橋本知彦くんの結婚披露宴があり、この披露宴のバック演奏を行いました。場所は目黒の八芳園でした。ベースは橋本くんの先輩である磯部くんです。

★仕事 ボーカル発表会 西麻布ボーカルスクール「Woody Bell」
 <西麻布ボーカルスクール「Woody Bell」での仕事開始>
1991/12/23(月) / 26歳
 久保田浩(p)、大坪寛彦(b)、中野裕次(ds)、他(vo)

 西麻布のボーカルスクール「Woody Bell」で、ボーカル発表会のバック演奏の仕事を初めてやりました。このあと「Woody Bell」のボーカルのバック演奏の仕事をすることになります。ある日、ここの講師である鈴木比呂子さんに誘われました。ボーカルのバックなんか慣れていなかったんですけどね。どこがよかったのか・・・誘っていただきました。


 ベースの大坪さんとドラムの中野さんと初めて一緒に演奏しました。ベースの大坪さんは早稲田ダンモのOBで私の3つ上なんですが、実は出身高校が福岡県立東筑高校で私と同じでした。大坪さんはウッドベースですが「Woody Bell」ではサイレントベースをよく弾いています。棒みたいなベースです。
 この日の入り時間は午後3時で終了時間は夕方7時でした。そういう時間帯で発表会をやっていました。食事もありました。日曜日にやることが多かったですね。

★ライブ Hammingbirdsラストライブ 西麻布「Woody Bell」・・・中馬啓子
1991/12/26(木) / 26歳
 波多野<Payapa>素子、中馬啓子(vo)、苅田<$子>恭子(as)、久保田浩(p)、脇義典(b)、天川洋一(ds)

 西麻布のボーカルスクール「Woody Bell」で、理科大ジャズ研後輩のPayapaが属していたHammingbirdsというグループのラストライブの演奏を行いました。
 この時、Payapaにボーカルの中馬(ちゅうま)さんを紹介してもらいました。この時はとてもおとなしかったです。本人もあとから、
    「ブタかぶってました」
と言ってますが。この後、私は中馬さんがナニモンであるかだんだんわかってくるようになりますが・・・ほんとにおもろい子ですよ。ちなみに私とは同い年です。誕生日も何日しか違いません。彼女は出身は宮崎県、私は福岡県、同じ九州であります。まあそんなこんなで仲良くさせてもろうてます。ダチです。・・・いや向こうはそう思ってないかも。

理科大ジャズ研忘年会セッション 大井町「JAM BOX」
1990/12/29(日) / 25歳
  理科大ジャズ研の人たちで忘年会がてらのセッションを行いました。場所は大井町のスタジオ「JAM BOX」でした。

★ライブ鑑賞 大晦日オールナイトジャムセッションライブ 新宿「カーニバル」
 <この日演奏していたバンドの中の1つ、鈴木道子グループを見る>
 <ボーカルのイメージが変わる・・・人生が変わる>
1991/12/31(火) / 26歳
 これです。私のボーカルのイメージが変わったのは。ボーカル嫌いが終わったのは。

 ボーカルの小俣景子ちゃんと彼女の友達と私の3人で、新宿にあったライブハウス「カーニバル」の大晦日のオールナイトジャムセッションを見に行きました。大晦日のオールナイトライブはほとんどのライブハウスでやっていますが、「カーニバル」のライブはピアノの本田竹廣さんがリーダーでした。本田さんはいくつかのバンドで弾いていました。
 この当時は、まだ私はボーカルがあまり好きではありませんでした。聴くのも演奏するのもです。子どもの頃からの歌嫌いをずっと引きずってました。
 このライブの何番目かのバンドで、ある女性ボーカリストが出たんですが、やっぱりおもしろくなかった。つまんなかった。ただそのバンドのバックで弾いていたピアノの大口純一郎さんはとてもよかったです。
 他に印象に残ったのは、パーカッションの田中倫明さん、なんかよかったですねえ。あとパーカッションの今村祐司さんも初めて見ました。最後のバンドでアルトの藤陵雅裕さんを初めて見ましたがよかったです。ドラムは平山恵勇さんでしたね。あとはテナーの高橋知己さん、ベースの米木康志さん、ドラムの本田珠也さんなども初めて見ました。
 でも私にとってはケタ違いに印象に残ったのがボーカルの鈴木道子さんでした。いやケタ違いというレベルではありません。私の人生が変わってしまいました。
 鈴木道子さんはピアノの本田さんのトリオがバックでした。バンドが始まるときにバンド紹介があります。で、私はボーカルのバンドだと聞いて「次はボーカルか。退屈だなあ。」と思っていました。ところが始まると・・・まるで管楽器がテーマをやってるのと同じ印象でした。私はそういう感じのボーカルは初めてです。道子さんはスキャットはやっていません。別に無理に管楽器のように歌っていたわけではありません。管楽器に似てるような声を出していたわけでもありません。普通といえば普通です。普通にテーマを歌っているだけなんですが、管楽器がテーマを吹いてるのと同じに聞こえたんです。こんなに歌だけで表現できるものなのか?と感心して聞き惚れてしまいました。特にこの時歌った、ビリー・ジョエルの「Just The Way You Are」、これをミドルテンポの4ビートで歌ったんですが、これがとてもとてもよかった。最後の曲が終わってからも、もっと歌ってくれという思いでした。ボーカルでこんなことを思ったのは初めてでした。
 あまりのよさに次の年早々、鈴木道子さんのライブを見に行ってしまいました。

 私のボーカル嫌いがこの日で終わりました。

 私がボーカルを好きになったり、ボーカルのバックの演奏が好きになったのは、鈴木道子さんのおかげです。このライブを見に行ってなかったら、ずっとボーカル嫌いのままだったかもしれません。ボーカルのバックの演奏もやってなかったかもしれません。これは私の人生が変わったといっても過言ではありません。

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