じみたの歴史
− 大学4年目 −


私の大学4年目の出来事です。
日付 出来事 初めての人
1987/05/15(金) 法政大学ニューオレンジビッグバンド トラで入部
 <同じくトラで来たドラムの4Q>
 <女も強い>
 <実は強烈だった、バリトンサックスの清水さん>
 <六大学ビッグバンド連盟とは>
 
1987/05/30(土) 理科大ジャズ研の新歓コンパ
 <これが九州人だったか(指方ってやつは)>
 
1987/07/07(火) 天久美智子さんとデート・・・ではないけど  
1987/07/08(水) 丸山繁雄酔狂座オーケストラのリハトラ  
1987/07/09(木)   理科大ジャズ研先輩、蓑下セッション開始  
1987/07/27(月) 日大リズムにいた安ヶ川大樹 安ヶ川大樹(b)
1987/08/03(日)
〜1987/08/10(月)
法政ニューオレの夏合宿・・・理科大ジャズ研と全然違ってた
 <ニューオレの合宿とは>
 <斑尾ジャズフェスティバル>
 <ベーシストの譜読みの成果は?・・・小野寺>
 <飲んで人格が変わった後輩・・・小沢>
 
1987/08/13(木)
〜1987/08/20(木)
1987/08/16(日)
  理科大ジャズ研の夏合宿
山野ビッグバンドコンテスト
 <重なる>
 
1987/08/22(土)   神楽坂のお店「タゴール」がオープン・・・法政ニューオレコンボ  
1987/08/30(日) 六大学ビッグバンドコンサート
 <300人の打ち上げはどうする?>
 
1987/09/26(土)   理科大ジャズ研OB「高本さん」結婚式二次会  
1987/10/04(日)   狭山市農協祭り・・・法政ニューオレ  
1987/10/10(土)   ミス世田谷コンテスト・・・世田谷ビッグバンド  
1987/10/12(月)   三大ジョイントの練習は木場・・・日大は練習場も多い  
1987/10/15(木)   中央大学スイングクリスタルの練習を見に行く  
1987/10/27(火)
〜1987/12/20(日)
  忙しい2ヶ月  
1987/10/31(土)   三大ジョイントコンサート at サンシャイン噴水広場  
1987/11/03(火)   理科大ジャズ研のコンサート  
1987/11 早稲田祭に板橋文夫現る  
1987/11/12(木)
〜1987/11/14(土)
法政ニューオレのリサイタル合宿
 <青年の家での合宿とは>
 
1987/11/15(日)   東女で会ったテナー、田中邦和 田中邦和(ts)
1987/11/20(金)
〜1987/11/23(月)
  理大祭「あけみ」  
1987/11/24(火)   丸山繁雄酔狂座オーケストラリハ at 増上寺  
1987/11/29(日)   法政ニューオレのリサイタル  
1987/11/30(月)   東女バンド打ち上げ  
1987/12/01(火)   千葉港ホテルニューツカモトでの仕事・・・法政ニューオレ  
1987/12/10(木)   東女サークルのクリスマスコンサートを見に行く  
1987/12/12(土) ある病院の忘年会のバックバンド・・・法政ニューオレ
 <演歌のバック演奏>
 
1987/12/15(火) 森林公園でのクリスマスパーティ・・・法政ニューオレコンボ
 <ウッドベースの安ヶ川大樹登場>
 <白いグランドピアノ>
 
1987/12/15(火)   乃木坂健保会館でのクリスマスパーティ・・・法政ニューオレコンボ  
1987/12/19(土)   法政ニューオレの譜面整理  
1987/01/15(金)   取手での演奏・・・法政ニューオレ  
1988/02/20(土)
〜1988/03/08(火)
天童自動車学校合宿免許・・・音楽レスの18日間
 <その結果は?>
 

★法政大学ニューオレンジビッグバンド トラで入部
 <同じくトラで来たドラムの4Q>
 <女も強い>
 <実は強烈だった、バリトンサックスの清水さん>
 <六大学ビッグバンド連盟とは>
1987/05/15(金) / 21歳 / 大学4年目
 法政大学ニューオレンジビッグバンドにトラで入部。法政大学の市ヶ谷校舎は理科大から歩いて約10分と非常に近いです。
 トラです。自分からすすんで入部したのではありません。そもそものきっかけはこうです。
 理科大のそばに「コーナーポケット」というジャズ喫茶があり、私はそのお店によく出入りしていました。そのお店にはニューオレの人も出入りしていました。私はほとんど知り合いではなかったですけど。ちなみにマスターもニューオレのOBです。
 ある日マスターから「今のニューオレのピアノの子が○○○だから、トラでいいからニューオレに来てくれないか。」と誘いがありました。そんなに行きたいわけじゃないけど、まあトラなら別にいいかとも思いました。後日マスターに「そのうちニューオレのやつから電話あるから。」と言われ、その後日、電話があり、そして練習に行くことにしました。これで入部が決まりました。
 この入部によって、私の知り合いがいきなり増えるのです。
 私が入部した時、ニューオレは通常のバンド練習ではなく、ある企画物の練習をしていました。その企画物ではギターの三好3吉さんがリーダーをやっていました。私は3吉さんをコーナー・ポケットで知っていました。
 ニューオレでは、「じみた」ではなく、なぜか「ジミー」「ジミーさん」って呼ばれていました。どこで「た」がとれたんだろう。

 <同じくトラで来たドラムの4Q>

 私がニューオレに入部した時はドラムがいませんでした。ドラムレスで練習していました。しばらくたってから、慶応大学のライトミュージックから誰かトラでドラムが来るというのを聞きました。ある日の練習後のミーティングでバンマスが言います。
    「次の練習から、ライトのドラムの『よんきゅう』ってやつが来ます。」
誰かが聞き返します。
    「よんきゅう? それ本名?」
バンマス、
    「知らねぇ。」
 そして来ました。文字で書くと「4Q」です。なんでも彼の先輩のドラムが春日三球に似てて「三球」と呼ばれてて、その後輩だから「四球」・・・んぢゃ彼は春日三球と関係ないやんか。なんちゅうあだ名ぢゃ。
 彼は慶応ライトもやってましたが、大学は武蔵野美術大学です。武蔵美のジャズ研です。4Qです。・・・うまかったし、よかったなあ4Qのドラムは。六大のコンサートでプロの誰かも誉めてたもんなあ。ちなみにライトのレギュラーは鶴岡磨城(まき)・・・いい名前だよなあ・・・っていうドラムだったんですが彼もうまかった。彼は私が入部する前にトラでニューオレに来てたらしいです。私が入部してからもよく遊びに来てました。鶴岡くんもうまかったんですが、さすが日本の学バンの1位2位を争う慶応ライトですわ。隠し玉も同じレベルだった。いや〜、すばらしいドラムです、4Qは。・・・忘れてた。福原俊介です、一応。
 今思うと、六大で私と同期のドラマー4人、山野ビッグバンドコンテストでソリスト賞とった中央大学スイングクリスタルの坂田守くんでしょ、早稲田ハイソの中原康仁くんでしょ・・・っていうか彼はあの早稲田ダンモのレギュラーを何回もやってたし・・・それに慶応ライトの鶴岡くんに4Qでしょ、みんなすごかったんだなあ。

 <女も強い>

 私が入部した時、すでに何人か1年生たちが入部していましたが、私が入部してからも新入部員が入ってきました。
 ある日、ピアノの女の子が2人同時に入部しました。大学は法政大学でなく、音大生でした。1人は背が低くいかにも音大生って感じの子でした。もう1人は割りと背が高くガタイもいい子で、聞くと高校時代はバレーボール部。ニューオレにはすでに1人、高校時代バレーボール部だった1年生のラッパの女の子がいました。またバレーか。
 後日です。練習が終わって楽器片付けの時間にいた私は見ました。その子がバカデカいベースアンプを1人で持って運ぶ姿を・・・そのベースアンプは男でも1人で運ぶのはたいへんな重さのものでした。たいてい2人で運んでいました・・・なんぢゃ、この女は?
 また後日です。練習が終わって、楽器片付けの時間に練習場にいると、その子がベースアンプを持とうとしています。私が聞きます。
    「それ1人で運ぶんだ。」
すると、
    「これ、私の趣味なんですよ。えへへ。」
趣味って・・・そして1人で持ち上げ、運んでいってしまいました。この子、その後も事あるごとに自分の力を自慢してました。一応・・・音大生です。

 話は変わりますが、高校時代バレーボール部だった1年生の「ナベ」と呼ばれてたラッパの女の子の話です。この翌年にある新歓コンサートの時のことです。私は演奏が終わってその子と話をしていました。しばらく普通に話をしますが、そろそろ楽器片づけの時間です。ちょうどそこにはドラムのいわゆる「くず鉄セット」のボックスがありました。あの重たいやつです。あれをその子が1人で運ぼうとします。
    「えっ、1人で運ぶの?」
この子、背は普通でしたが、普通の女の子より少しガタイはよかった。
    「こんなの、”へ”ですよ。」
1人で持ち上げます。ほう、バレーボールっちゅうのは知ってたけど、たいしたもんだ。すると、
    「あたし、米俵20kgとか運んでましたから。」
・・・おい、あんたなにもん? あんた、法政大学の女子大生ですよ、女子大生。しかも米屋でもないのになんで米俵を運ぶんぢゃ?
 まあこの代は女だけでなく、ピアノの服部は元ラグビー部だし、ベースの小野寺は元柔道部だし・・・いったいこの代の人たちはなんぢゃ?・・・楽器運びもさぞかし楽だったことでしょう。

 <実は強烈だった、バリトンサックスの清水さん>

 ニューオレで私の1つ上の代にバリサクの清水さんという方がいます。清水さんはジャズ喫茶「コーナーポケット」によく来ていたので顔は知っていました。私はニューオレに入部するまでは普通の人だと思っていました。
 清水さんはバイクでバリサクを運びます。普通、バリサクはバイクなんかでは運びません。バリサクのハードケースってのはとても大きいです。長さが1m何十cmかはあります。これをバイクにくくりつけて運びます。清水さんは背も高いのでこれが様になるんですねえ。結構やることが強烈だった。
 ある日、中華料理屋にニューオレの人たちで行ったときのことです。清水さんと他何人かがカタ焼きそばを注文しました。そこのカタ焼きそばは全然辛くなかったので、まず他の人がラー油をかけました。小さいスプーンがついてるやつがありますよね。あれで何杯かすくってかけました。すると、清水さん、
    「なんだそれ?かけてんの?」
    「こんなものはねえ・・・」
いきなりラー油の入れ物を取り、フタを開け、スプーンをはずし、ジャーっと入れ始めるではないですか。みんな、
    「ああ! 清水さん!」
満杯だったのが半分になってしまいました。
    「あ〜あ、 清水さん。そんなに入れちゃって〜。」
まわりのみんなは呆然としていますが、清水さんの辛い物好きをよく知っていたニューオレの人が、これをのぞき込んで、
    「ああ、これ? 清水さんなら大丈夫。」
結局、うまそうに全部食べてしまいました。何もそこまでしなくったっていいものを・・・
 清水さんの辛い物好きは、何かあるごとに出ましたねえ。ニューオレの人たちで飲んでいた時のこと、1年生に唐辛子やラー油が入ったビールを飲ませるということがありました。これを飲んだ1年生はもうたいへんです。もがき苦しんでます。これを見た清水さん、
    「なになに、そんなに辛いの?」
それをとって飲み始めました。そして、
    「うん、辛い。」
言ってることと顔が違います。涼しい顔してます。本当に辛いんですか? っていうかそういうレベルなんですか?
    「確かに辛いわ。」
涼しい顔してます。横の1年生は苦しんでます。いったいどうゆうことなんでしょうか?
 大人しそうな普通の人に見えましたが、実は強烈な人でした。

 <六大学ビッグバンド連盟とは>

 ニューオレは六大学ビッグバンド連盟に属してます。六大学ビッグバンド連盟は、
    早稲田ハイソ(サエティ)
    慶応ライト(ミュージック)
    慶応KMP
    明治BS(ビッグサウンズ)
    中央スイング(クリスタル)
    日大リズム(ソサエティ)
    法政ニューオレ(ンジ)
の六大学七バンドです。お互いよく遊びに行きますね。この年は、日大のラッパの浦谷努くんやKMPのラッパの福田由弥くんなんかニューオレの練習日に毎回のように遊びに来てました。

★理科大ジャズ研の新歓コンパ
 <これが九州人だったか(指方ってやつは)>
1987/05/30(土) / 21歳 / 大学4年目
 理科大ジャズ研の新歓コンパです。やる側になって3回めです。
 この年に、ギターの指方(さしかた)という人が入部してきたんですけど、彼は福岡県出身、私と同じでした。私とは違ってかなり方言が出ていました。彼は博多の近くの出身でしたからね。私は北九州市なのでそんなに方言は強くありません。彼はボクシングもやっていました。・・・デカパイが好きだとか言ってたな。まあいいんだけど。
 新歓コンパでは、もちろん彼も飲まされました。だんだん彼は酔っぱらってきます。でも見た目はそんなに変わりませんでした。ところが彼の場合、からみというか・・・なんというんでしょうか・・・彼は噴射をしたいのです。飲まされているのだから噴射したいのはわかります。つぶれていつのまにか噴射とか、自分からトイレに行くとかならまあ普通でしょう。でも彼は違ってた。意識はしっかりしているんです。でも噴射したい。ところがその噴射を道にするのはもったいない、と。先輩にぶっかけなければ気が済まないというんです。私を捕まえて、
    「じみたさん、外にするのはもったいないです。」
    「胸の中で受け取ってください。」
やぢゃ、やぢゃ、やぢゃ!! わしの服の中へだと? やぢゃ!だめぢゃ!
 しつこかったですね、彼は。振り払っても逃げてもダメ。どこまでも追いかけて来ました。まあ結局私はされませんでしたけど。誰か被害に遭った人がいたのかなあ?・・・その後彼はつぶれちゃったような気がしますが。
 参りました。これが九州人というものです・・・いやウソです。

★天久美智子さんとデート・・・ではないけど
1987/07/07(火) / 21歳 / 大学4年目
 1日だけ一緒に飲みました。2人だけではなかったですけど・・・あめくみちこさん。知ってますか? 女優です。佐藤B作率いる東京ボードビルショーの一員です。というか・・・昔、欽ちゃんのテレビ番組にレギュラーで出演してたっていえばわかる人も多いかと思いますが。
 芸能人ですから名前は伏せましょう。私の知り合いが天久さんのお兄さんと同級生だったんです。私は天久さんは欽ちゃんのテレビ番組で知っていました。とても個性のある人でファンでした。ある日、その知り合いの紹介で天久さんのお兄さんに会いました。で、そのことを言うと、
    「そのうち会わせてあげるよ。」
まあそんなこといっても相手はテレビに出ている芸能人ですからね。ところがこれがなんと実現することに。
 約束の日、その知り合いの人と一緒に下北沢の本田劇場へ行き、まずボードビルショーの公演を見ました。佐藤B作さんや山口良一さんがステージにいます。天久さんもいます。そして終わってからです。客もほとんど帰り、ロビーで待っていると、佐藤B作さんが出てきて、どっかのオネーちゃんに、
    「なーんだ、いつ来たの?」
とか言って、2人で消えてしまいました。ああ、芸能人ってやっぱりこういうものなのね・・・そして天久さん登場。知り合いが、
    「おお、久しぶり〜」
と挨拶。そして私を紹介。ああ、ついに・・・とてもうれしいです。その後、3人で飲みに行きます。
 飲み会が終了。知り合いは、
    「オレは帰るから。後は好きなように。」
はい・・・ちょっと待った! いきなり芸能人とデートかよ! うれしいやら、でもどうしていいやら・・・天久さん、
    「あたしの知ってるお店に行きましょうか?」
それでいいです。一緒に電車で新宿のお店へ・・・電車ですよ、2人で電車・・・
 お店へ行きました。天久さんの知り合いが何人かいるようです。そこでその人たちと一緒に飲みました。そして飲み会終了。深夜です。この日私はお金をほとんど持ってなく、タクシー代がない。どうしよう?
    「あたしが貸してあげますよ。」
・・・そんな貸してあげるなんて、それはちょっと・・・
    「貸してあげますよ。」
・・・どうしたもんか・・・他の人たちにも、
    「借りてタクシーで帰んなよ。」
と言われてタクシー代を借りてうちへ帰りました。・・・そういえばこのタクシー代5000円、まだ返していません。すいません。
 こんな人に会えてとてもうれしかったです。ありがとうございました。

★丸山繁雄酔狂座オーケストラのリハトラ
1987/07/08(水) / 21歳 / 大学4年目
 ボーカルの丸山繁雄さんが法政大学ニューオレンジビッグバンドと一緒にコンサートをやることになりました。ピアノは米田正義さんだったんですが、リハーサルに来れなかったため私がやることになりました。
 ニューオレの連中は先に練習場で待っています。すると練習場のドアが開きました。サングラスをしたシルベスタ・スターローンのような顔をした人物が突っ立っております。まったく動きません。なんぢゃこのロボットは?・・・テナーの井上淑彦さんでした。私はもう何回も井上さんを見てましたが、こんなロボットで登場するとは・・・。あとはみんな普通に入ってきました。大友義雄(as)さん、グズラさんこと望月英明(b)さん、磯見博(ds)さん、そして丸山さんです。
 リハはまあ普通だったんですが、リハをやっている時のことです。丸山さんのオリジナル曲のラグビー組曲というのがあってこの中に「タックルダウン」という曲があるんですが、途中にテナーのソロがあります。これを井上さんと、ニューオレで私と同期のテナーの「おやじ」・・・石川智登です、大学4年生です。でもおやじだからおやじです・・・がやるんですが、「おやじ」がソロを始めると、丸山さん、
    「おっ、ニューオレの松風紘一!」
    「松風紘一!」
    「まーつかぜこういち!」
なんだかほめてるんだか、バカにしてるんだか・・・「おやじ」もちょっと恥ずかしそう。
 この「タックルダウン」から次の曲へ行くところがピアノだけになるんです。しかもフリーソロです。これを私がやらなければならない。「タックルダウン」がだんだん消えていって私が適当に弾き出すと、丸山さん、
    「おっ、ニューオレの板橋文夫!」
    「板橋文夫!」
    「いーたばしふみお!」
だから、やめなさいっての。恥ずかしいではないですか・・・まあいいんですけど。

理科大ジャズ研先輩、蓑下セッション開始
1987/07/09(木) / 21歳 / 大学4年目
 理科大ジャズ研で1つ上の先輩、ドラムの蓑下さんのセッションバンドに参加しました。メンバーはじみた(p)、川又軍司(b)、蓑下史(ds)、です。・・・違います。川又弘明(b)です。川又って名前の人は必ず「軍司」って言われますね。軍司さんも私の1つ上の先輩です。あと女性ボーカルの人もいましたね。名前・・・ちょっと忘れました。場所は桜新町のスタジオPLUS ONEでやりました。このバンドは1年ぐらい続きました。

★日大リズムにいた安ヶ川大樹
1987/07/27(月) / 21歳 / 大学4年目
 法政ニューオレの練習を日本大学リズムソサエティの両国日大練習場で3日行いました。
 そしてこの最初の日、日大リズムでエレベーを弾いてたのが2年生の安ヶ川大樹くんでした。彼は大学は明治大学ですが、それを知ったのはだいぶ後からです。彼は明治のBSなんですが、当時日大のリズムにベースがいなかったのでトラで行ってました。日大リズムはラテンものとかが多く、彼はエレベーを弾いてました。そんな事情を私は知らないので、長い間彼を日大でエレベーの人だと思ってました。
 他に覚えているいるのは、パーカッションの小野香穂里さん・・・その後、女性サルサバンドのチカブーンに参加しました。あとピアノの山下有美子さんなどがいました。、

★法政ニューオレの夏合宿・・・理科大ジャズ研と全然違ってた
 <ニューオレの合宿とは>
 <斑尾ジャズフェスティバル>
 <ベーシストの譜読みの成果は?・・・小野寺>
 <飲んで人格が変わった後輩・・・小沢>
1987/08/03(日)〜1987/08/10(月) / 21歳 / 大学4年目
 法政ニューオレの初めての夏合宿です。場所は長野県の飯山にある森荘です。ビッグバンドの合宿とはどういうものなのか、ここで私は初めて体験します。

 <ニューオレの合宿とは>

 理科大ジャズ研のダラダラ合宿に鍛えられた私は、まず出発から食らわされます。法政大学に来た合宿車は、なんと、
    「大型観光バス貸し切り!」
    (@_@)
合宿じゃないらしいです。観光旅行に変更しましょう。・・・こんなん必要なんか?
 観光バスです。観光バスに付き物といえば・・・いるはずです・・・をを! いました!
    「バスガイド!」
    (^_^)
おねーちゃんです! おねーちゃん!!・・・毎年同じ合宿場へ行くだけなのに、どこをガイドするんでしょうか? すばらしすぎます。・・・あのですね、そういうことをしてるからお金がないんです。学生ですよ。電車か自家用車でいいじゃないですか・・・まあ、私はいいんですけど。トラですからね。金も一切かかりゃしない・・・そう、ニューオレじゃ、トラ扱いだったから何の費用も一切かからなかった。払ったのは飲み代ぐらい。タダで合宿行って、タダでリサイタル出て・・・ああトラっていいなあ、ニューオレのOBのみなさん方、どうもね。
 いきなりジャズ研と違います。バスガイドねーちゃん付きの大型観光バスに乗って出発です。しかし飯山ってのは遠いですね。相当時間がかかったと思います。無事到着して合宿開始です。

 この合宿、目的はこの直後にある山野ビッグバンドコンテストのための練習です。したがってジャズ研の合宿とは内容が違います。お遊びではない・・・まず酒が飲めません。飲めるのは最終日だけです。いや、トラだから別に飲んでもよかったんですけど・・・みんな飲まないから飲みませんでした。これだけでも相当違います。練習はといえば、バンド自体、レギュラーバンドとジュニアバンドの2つしかありません。ジャズ研のように7つも8つもあってバンド枠奪い合い状態にはなりません。朝から夜まで目一杯練習出来ます。
 理科大ジャズ研のダラダラ合宿で鍛えられた私はどうなるかというと・・・

 朝6時、
    「ジミーさん、起きてください。」
たたき起こされます。
    「んーん、なんでこんなに早いんぢゃ?」
どうも起床時間らしい。すると、
    「みんな外に出てください。」
外だと? 朝っぱらからなんぢゃい?
    「体操の時間です。」
ナニィ? 体操? ジャズ屋が朝っぱらからラジオ体操かい? ったくもう・・・外に行きます。みんな集合すると、
    「1年生のオリジナル体操の時間です。」
なんぢゃそれは? ラジオ体操ぢゃないんかい?・・・どうやら1年生が毎日1人づつ、オリジナルの体操を考えて、それをみんなでやらないといけないみたいです。今日は高校時代ラグビー部だった1年生のラグビー体操でした。わけわからん。
 体操の時間が終わりました。朝メシです。
 朝メシを食い終わって、ちょっと休憩。そして練習場へ行きます。朝はパート練習の時間です。パート練習はリズム隊は3人でやります。管の人たちは練習場の外でやります。リズム隊は楽器を外に持っていかれないので練習場でやります。
 さて、山野のコンテスト用の曲を3人で練習か・・・といってもビッグバンドの譜面を3人でやったっておもしろくない。それにドラムは4Qってうまいのがトラで来てる。ベースの池上くんも3年生でそこそこ弾ける。何も問題ないじゃん・・・ということでリズム隊だけ山野のコンテストとは関係なく勝手に、
    「セッション」
してます。
 午前中の練習は終了。昼メシです。
 昼メシも終了。ちょっと休憩してから今度は全体練習。練習場へ行きます。そして練習開始。午後は、
    「目一杯」
練習です。疲れます。そして練習終了。夕メシです。夕メシも終了。休憩します。そして、
    「夜の練習」
また練習開始です。そして練習が終了しました。。
 やっと1日終わりました。疲れましたね。さあ、酒、酒・・・
    「禁酒」
強制消灯です。「パチッ」。・・・酒・・・
    「わしの酒」
は?・・・
 まあだいたいこんな感じでした。ジャズ研とは、えらーーーく違いました。

 あと変な慣習として、1年生に無理矢理メシを食わすってのがありました。炊飯器にある残ったメシは全部1年生に食わせてました。1年生は相当苦労してました。まあ1年生いじめの一種ですが、これはなあ・・・いつの合宿だったか、宿の人が空になった炊飯器を見て「足りないんだ」と思い込み、メシを追加されたってのがありましたが。それからどうなったんでしょうかねえ。宿の人には迷惑かけないようにしてくださいね。

 最終日、帰りも同じく観光バスです。をを、いますよ、います。行きと同じ人です!
    「バスガイド!」
おねーちゃんです!・・・だからどこをガイドするんぢゃ?・・・法政大学に着いて夏合宿終了です。

 <斑尾ジャズフェスティバル>

 この夏合宿期間中、近くで斑尾ジャズフェスティバルがありました。といっても練習はあります。ドラムの4Qは自分の車で合宿に来てました。そこで彼と一緒に行こうと企てます。コンサートマスターに聞くとその日の夜はダンパの練習をするからOK。ということで見に行くことにしました。
 見たのは2セットです。まず、マル・ウォルドロンのピアノソロでした。実に彼らしいソロでした。何曲か演奏しました。
 そして2セット目は、ディジー・ガレスピー・セッションでした。ディジー・ガレスピー(tp)、ジェームス・ムーディー(ts)、ケニー・カークランド(p)などがいました。1曲目はCmで枯葉をやっていました。あと何曲か演奏しました。

 <ベーシストの譜読みの成果は?・・・小野寺>

 ビッグバンドで演奏する人は譜面が読めなければなりません。しかもジャズはクラシックとは違います。これが結構難しいのです。そこで譜読みというのをやります。
    「ウダッ、ダーダッ、ウビウビ・・・」
こんな感じでしょうか。これは個人でやればいいんですけど、ニューオレでは夏合宿に1年生の譜読みテストというのがあります・・・まあ多少1年生いじめも含まれてますが。
 部屋に4年生だけが集まり、1年生を1人ずつ読んでテストをします。
    「ウダッ、ダーダッ、ウビウビ・・・」
うまく出来れば誉めます。間違っているところは指摘します。変なヤツは笑います。
 これをリズム隊もやるんですが、その中でベース・・・基本的にベースはラインを弾いてるだけです。譜面を見てもラインが書いてあるか休みになっているところが大部分です。
 1年生のベースの小野寺くん、4年生に呼ばれて部屋に入ります。ベースの譜面を持って、
    「あの〜、これですね〜」
ん?どうした?
    「こういうふうにしか書いてないんですけど。」
そりゃそうだ。ベースだもん。
    「こう書いてあるからやります。」
    「ダグダグダグダグ・・・」
・・・なーんぢゃ、あんたは?! それが譜読みの練習の成果かい?
    「ダグダグダグダグ・・・」
4年生連中が笑いブッ転げているのに、彼1人とても真剣。
    「ダグダグダグダグ・・・」
これ以上笑うと死んじまいます。頼むからやめてくれ。
 やめた後も、4年生が何で笑ってるのか不思議そうな顔をしてました。これは大爆笑でした。いや〜、彼はほんとに困ったんでしょうね。

 <飲んで人格が変わった後輩・・・小沢>

 最終日前日の夜。私にとっては
    「初めて」
の酒です。やっと飲めます。しかも1年生には飲ませていいらしい。1年生か・・・でも私はニューオレで痛い目に会ったわけじゃないし、それどころか、私の合宿代はあなたたちが払ってくれてるのです。まあ私としては楽しく飲めりゃいいです。
 飲み会開始です。まあ予想してたとおり、1年生たちは先輩たちに飲まされています。
 しばらくしてから、1年生のテナーの小沢くんが寝ます。なんだよ、もうダウンか。まあいいや。他の人たちと飲みます。
 しばらくして、小沢くんが起きます。・・・なんか顔が違います。ものすごい形相をしてます。鬼です。
    「ナニィ〜」
なんかとてもおっかないです。
    「ナンダァ、キサマ〜」
先輩に向かってとんでもないことを言ってます。これはいったいなんだ?
    「オラー! ナンダヨ!」
なんだこれは? どうしたんぢゃ彼は?・・・話はちょっと聞いてました。一度寝るとやばいってのを。どうもこの年の花見でこれが発覚したらしい。こうなっちゃったら誰も手をつけられないとか。あまりにおっかないんで、彼には飲ませるなという話もあった。・・・そうか、それが今ここで出てしまったのか。でもこんなのは見たことがない・・・めずらしいもの見たさで彼のそばに寄ってみます。そして話しかけると、
    「ナーンダヨ!」
おっ、おっかね〜。確かに手がつけられん。すると、1年生の女の子に、
    「ジミーさん! 離れてください! 危ないですよ!」
強引に引きずられてしまいます。・・・なんだ? 離れろとか危ないとか、野獣か、これは?
 しばらくしていつのまにか元に戻っていました。彼にはこの部分は記憶がないそうです。いるんですねえ。こんなに変わってしまう人って。

理科大ジャズ研の夏合宿
山野ビッグバンドコンテスト

 <重なる>
1987/08/13(木)〜1987/08/20(木) 1987/08/16(日) / 21歳 / 大学4年目
 理科大ジャズ研の夏合宿と山野ビッグバンドコンテストが重なってしまいました。ジャズ研の合宿は新潟県の石打スキー場、山野ビッグバンドコンテストは東京です。ううぅ、困った。
 山野ビッグバンドコンテストの前日は最後の練習があります。さすがにこれには参加しないとまずいです。練習は昼です。ということは朝一番で出なければなりません。朝6時前に起きて石打の駅に送ってもらって電車で行きました。
 山野ビッグバンドコンテストは学バン界では恒例の行事です。全国から40以上の学生ビッグバンドが出場します。この年私は初めて出場しました。場所は千駄ヶ谷の日本青年館大ホールです。キャパ1300人。こんなでかいところで演奏するのは初めてでした。
 演奏した曲は、Flying Home、Nature Boy、Aireginの3曲です。すべてニューハードの山木幸三郎さんのオリジナルアレンジです。
 この年、ニューオレは第5位、そして私の同期のテナーの「おやじ」こと石川智登がソリスト賞を取りました。テナーソロをフィーチュアした曲はNature Boyです。めでたしです。
 コンテストが終わってみんな打ち上げをやっているころ、私は電車に乗って石打へ戻りました。たいへんでした。

神楽坂のお店「タゴール」がオープン・・・法政ニューオレコンボ
1987/08/22(土) / 21歳 / 大学4年目
 石川<おやじ>智登(ts)、河野哲也(tb)、じみた(p)、池上秀夫(b)、福原<4Q>俊介(ds)

 神楽坂のお店「タゴール」がオープン。法政ニューオレにオープン記念演奏の依頼が来ました。ニューオレでコンボを組み、演奏をしました。

★六大学ビッグバンドコンサート
 <300人の打ち上げはどうする?>
1987/08/30(日) / 21歳 / 大学4年目
 六大学ビッグバンド連盟の合同コンサートです。場所は五反田の簡易保険ホールでした。ここはリハ室のピアノもスタインウェイのアップライトという豪華な設備でした。
 このコンサートは6大学7バンドのビッグバンド総勢が集まるんですから規模がでかいです。
 内容はというと、ほとんどお祭り状態です。ニューオレはオレンジ色のハッピ姿で統一。明治BSなんか男も化粧だらけで奇怪な衣装でステージに上がっていました。

 このコンサートの最後にピックアップバンドというのがあります。簡単にいうと全バンドからうまいのを寄せ集めたバンドですね。この年は私は入部したばかりですし、他にピアノの人がいたのでピックアップバンドはやりませんでした。
 他のピアノの人は2人で、中央大スイングクリスタルの岡田直哉くんと慶応ライトの石倉清史くんでした。このピックアップバンドの練習の時に初めて会いました。両方ともうまかったなあ。岡田くんは八王子にあったお店「BASH!」でも会ったなあ。あの時はキースジャレットトリオのGod Bless The Childをやってたなあ。石倉くんは・・・足がない。っていうか義足だったっけ。なんでも酔っぱらって電車にひかれたらしい。うう、こわっ。でもピアノはうまかったなあ・・・私と同期のピアノの2人は両方ともよかったです。
 ベースの磯部英貴くん、のちに一緒に私といろいろバンドをやることになりますが、このピックアップバンドの練習の時、その姿を初めて見ました。話はしていません。ピックアップバンドの練習でニューオレの練習場に現れた彼の姿を見ただけです。あーすごくうまかったです。こんな人が六大にいたんだと感心しました。
 中央大スイングクリスタルのドラムの坂田守くんもこのピックアップバンドの練習で初めて見ました。彼は前年度山野ビッグバンドコンテストでドラムながらソリスト賞をとったといううわさの人でした。ちなみに山野ビッグバンドコンテストのソリスト賞は全国40バンド以上の人たちの中から3人だけです。管の人が大部分です。あとピアノの人が少々ってところでしょうか。ドラムでソリスト賞とるってのは前代未聞だというのを聞いてました。すごかったですねえ。顔はおっかなかったですけど。でも普通の人でした。
 もう1人のドラムで早稲田ハイソの中原康仁くんもこのピックアップバンドの練習で初めて見ました。彼があの早稲田のダンモのレギュラーバンドをやっていたというのは後から聞きました。この時はなぜかシンバルのセッティングが全部床と平行でした。変なセッティングする人だなあと思っていたら、誰かが「中原ってそういうやつだから」とか言われました。まあいいんですけどね。いや〜彼も坂田くんに劣らずでした。ピックアップバンドの練習は聴いてるだけでも楽しかったです。
 テナーの熊谷卓くん、たくちゃん、彼ものちに私とバンドをやることになりますが、このピックアップバンドの練習で初めて見ました。彼は慶応ライトです。ニューオレで私の同期のテナーの「おやじ」(石川智登)と仲良さそうに吹いてました。
 ラッパ隊もよかったですねえ。早稲田ハイソの小林くんと馬場くん、日大リズムの浦谷くんと窪田くん、慶応KMPの福田くんの5人、これは強力でした。
 そしてこのピックアップバンドのリーダー、コンサートマスターをやったのがニューオレのコンサートマスター、河野哲也くんでした。

 このイベントで一番たいへんなのは打ち上げです。この時は場所が五反田でしたから渋谷に移動して打ち上げです。
 なにせ総勢300人ぐらいですから一ヶ所では当然無理です。それでいくつかに分散するんですけど、それでもそんな大人数ではお店側としても他のお客を入れられないので、早い時間だとだいたい2、3時間限定とかが多くなってしまいます。時間が来るとその集団が次の場所を探してうろうろし始めます。そうすると別の集団に遭遇。
    「おう、店がないよ。」
    「あの店は?」
    「行った。空いてないよ。」
なんか渋谷中がバンドマンだらけって感じです。
 また飲み会自体もひどいもんです。この日、私がいた集団の二次会は居酒屋酔い所(よいしょ)、渋谷センター街で踏み切りが鳴っている有名なお店です。その集団は3大学ぐらいいたと思います。
 お店の地下1階の座敷とそこから1.5mぐらいの段差がある地下の中2階のような座敷を全部貸し切りました。これはたいへんです。段差がある座敷を全部貸し切りです。みんな大学生です。何が起こるかわかりません。
 私は上のほうにいました。下のほうはやけにうるさいです。盛り上がっています。
 突然、魚のたいの食い散らかした後の骨が、私の横の人の頭の上に・・・どうも下から飛んできたようです。
    「をう?・・・」
    「なんだよこれは!」
    「誰だよ! クッソー!!!」
誰だかわかんないのに下へ放り投げます。知らん顔で飲んでいると再びたいの骨が・・・
    「クッッッソー!!!」
もう上下で食い物が飛び交ってます。
 と、まあこんな感じでした。別に喧嘩してるわけじゃありません。飲んでるとこれが楽しいのです。
 年1回の大規模なイベントなので、だいたい朝まで打ち上げです。

理科大ジャズ研OB「高本さん」結婚式二次会
1987/09/26(土) / 21歳 / 大学4年目
 理科大ジャズ研OBのピアノの高本さんの結婚式二次会の演奏をしました。場所は新橋でした。メンバーは、高島<Eve>直樹(tp)、苅田邦久(ts)、じみた(p)、栗原<Φ(フェイ)>祟(b)、坂上学(ds)、でした。

狭山市農協祭り・・・法政ニューオレ
1987/10/04(日) / 21歳 / 大学4年目
 法政ニューオレの仕事で、狭山市の農協祭りに行きました。農協祭りで演奏・・・こういう仕事があったんですね。結構大規模なお祭りでした。
 この祭りのイベントの中で腕相撲大会がありました。レギュラーバンドの人は忙しいのでイベントには参加しませんけど、ジュニアバンドの人は演奏がない分、暇です。1年生のトランペットの女の子で「ゴン」ちゃんって呼ばれてた子、なんかいつのまにかこれに出てるし・・・しかも優勝してるし・・・あんた何しに来たんぢゃ?・・・まあなんでも賞をとることはいいことです。
 しかし女の子で「ゴン」ちゃんって名前は・・・小学校の時に学校の教室で見てた「ノッポさん」の横にいた茶色のあれです。あれに似てたから誰かが付けたんです・・・うん、確かに似てたような気も・・・。

ミス世田谷コンテスト・・・世田谷ビッグバンド
1987/10/10(土) / 22歳 / 大学4年目
 世田谷ビッグバンド(正式名称?)の仕事にトラで参加、ミス世田谷コンテストでバックの演奏を行いました。
 法政ニューオレや六大学ビッグバンド連盟内で世田谷ビッグバンドに参加している人たちがいました。話を聞くと、当時の世田谷ビッグバンドのピアノの人が、ビッグバンドは弾けるがコンボは弾けなかったらしいのです。この仕事ではどうしてもコンボで演奏しなければならない曲が多数あるというので私に声がかかりました。
 司会は俳優の川津祐介さんでした。ミスコンです。しかしなぜか水着審査はなかった。なんでぢゃい!
 関係ないですが、この日は私の誕生日でした。

三大ジョイントの練習は木場・・・日大は練習場も多い
1987/10/12(月) / 22歳 / 大学4年目
 この後にある、三大ジョイントコンサートの練習で、日本大学の木場の練習場へ行きました。さすが日大です。練習場も多いです。

中央大学スイングクリスタルの練習を見に行く
1987/10/15(木) / 22歳 / 大学4年目
 中央大学スイングクリスタルオーケストラの練習を見に行きました。場所がうちから遠いんですね。京王線の多摩動物公園です。

忙しい2ヶ月
1987/10/27(火)〜1987/12/20(日) / 22歳 / 大学4年目
 忙しい2ヶ月でした。忙しかった思い出を残しておきます。

10/27(火)  練習 蓑下セッションバンド at 横浜 桜新町18:50
10/28(水)  
10/29(木)  練習 ニューオレ 18:00〜
 練習 新宿Doing ”ザ・笑点” 20:00〜22:00
10/30(金)  練習 ニューオレ 18:00〜
10/31(土)  三大ジョイントコンサート 池袋サンシャイン
11/01(日)  練習 新宿Doing じみたW 18:00〜21:00
11/02(月)  
11/03(火)  理科大ジャズ研コンサート 六本木ピットイン
11/04(水)  練習 吉祥寺音楽観 14:00〜16:00 東女バンド
11/05(木)  
11/06(金)  練習 渋谷Let's 19:30〜21:00 東女バンド(シンセのみ)
11/07(土)  練習 吉祥寺分家 10:00〜12:00 東女バンド
11/08(日)  練習 吉祥寺音楽観 10:00〜12:00 東女バンド
 練習 五反田Studio Pal 戸井バンド 18:00〜20:00
11/09(月)  練習 吉祥寺音楽観 19:00〜21:00 東女バンド
11/10(火)   (ニューオレ合宿期間)
11/11(水)  練習 吉祥寺音楽観 20:00〜22:00 東女バンド
  (ニューオレ合宿期間)
11/12(木)  ニューオレ合宿
11/13(金)  ニューオレ合宿
11/14(土)  ニューオレ合宿
 エレピ運搬 15:00〜
11/15(日)  東女学祭 12:30集合
  (ニューオレ合宿期間)
11/16(月)  練習 ニューオレ 18:00〜
11/17(火)  練習 ニューオレ 18:00〜
11/18(水)  練習 ニューオレ 18:00〜
11/19(木)  練習 新宿Doing じみたW 19:00〜22:00
 練習 ニューオレ 18:00〜
11/20(金)  理大祭
11/21(土)  理大祭
11/22(日)  理大祭
 法大祭 ステージ 13:30〜14:10
 理大祭 フェス
11/23(月)  理大祭
11/24(火)  リハトラ 増上寺 13:00〜
11/25(水)  練習 ニューオレ 18:00〜
11/26(木)  練習 ニューオレ 20:00〜
11/27(金)  練習 ニューオレ 15:00〜
11/28(土)  練習 ニューオレ 11:00〜
 ライブ鑑賞 日大リズムリサイタル
11/29(日)  ニューオレリサイタル 有楽町読売ホール 11:00集合
 打ち上げ 21:00〜
11/30(月)  打ち上げ 18:00〜 下北沢 東女バンド
12/01(火)  仕事 ニューオレ 京葉線千葉港ニューツカモト 16:00〜20:20
12/02(水)  
12/03(木)  
12/04(金)  練習 ニューオレ 18:00〜
12/05(土)  理科大ジャズ研バンド会議 13:00〜
 打ち上げ 18:00〜 水道橋駒安 理大祭「あけみ」
12/06(日)  
12/07(月)  
12/08(火)  
12/09(水)  練習 ニューオレ 18:00〜
12/10(木)  ライブ鑑賞 東女クリスマスコンサート 渋谷エピキュラス
12/11(金)  練習 ニューオレ 18:00〜
12/12(土)  仕事 ニューオレ 横浜中華街重慶飯店 15:00〜
12/13(日)  仕事 ニューオレ 森林公園 14:00〜
12/14(月)  
12/15(火)  仕事 ニューオレ 健保会館 ハートイン乃木坂 17:00〜
12/16(水)  
12/17(木)  
12/18(金)  
12/19(土)  ニューオレ譜面整理
12/20(日)  忘年会 飯田橋にへい ニューオレ

 いったい、いつ大学のお勉強をしてたんでしょうか。この年、私は大学は3年生です。理科大で留年するのが一番多いのは3年生から4年生になる時なんですが、私はちゃんと4年生になれました。不思議だ。

三大ジョイントコンサート at サンシャイン噴水広場
1987/10/31(土) / 22歳 / 大学4年目
 六大学ビッグバンド連盟の中の3つ、法政ニューオレと日大リズムと中央スイングクリスタルでの合同コンサート、三大ジョイントコンサートです。場所は池袋サンシャインシティーの噴水広場でした。
 中央のピアノの岡田直哉くん、ブルースのソロで「メリーさんの羊」が出てきました。あれはおかしかったなあ。

理科大ジャズ研のコンサート
1987/11/03(火) / 22歳 / 大学4年目
 理科大ジャズ研のコンサートです。4回目です。会場は前年に続き、六本木ピットインです。バンド名とメンバーです。

     <じみたW> <ザ・”笑点”>
    じみた(p)   松本圭(as)
    浅田聡(b)   じみた(p)
    坂上学(ds)   関塚健太郎(g)
    初田哲也(eb)
    大西<Roa子>里実(ds)

「ザ・”笑点”」のほうは、前年度の私のバンド「じみたV」と同じメンバーです。しかしなんで「笑点」なんでしょうか。当時のコンサートのパンフレットからです。「バンマスは練習が終わってから家へ帰って笑点を見るのがとっても好きなのであった。」・・・私も好きです。

★早稲田祭に板橋文夫現る
1987/11 / 22歳 / 大学4年目
 板橋文夫(p)、峰厚介(ts)、井野信義(b)、角田健(ds)

 この年、早稲田祭に遊びに行ったんですが、早稲田のダンモを見に行ったら、その日、板さんのセッションバンドが演奏することになっていました。これはラッキー、見るしかないです。ということで早稲田のダンモで板さん観賞です。
 板さん、ステージに上がって挨拶するんですが、相変わらずあの不器用なしゃべりで、
    「ああ、ほんじつはどーぼありがとうございばす・・・」
    「今日は大学なので安いギャラで来てますので、」
    「みんなライブに来てください。」
とか言ってました。みんな大爆笑でした。
 ピアノはアップライトでした。アップライトが揺れる揺れる・・・。
 この時でしたかねえ、ベースの井野さんのオリジナルの「バクのあくび」って曲を演奏したのは。翌年使わさせていただきました。

★法政ニューオレのリサイタル合宿
 <青年の家での合宿とは>
1987/11/12(木)〜1987/11/14(土) / 22歳 / 大学4年目
 法政ニューオレのリサイタル合宿です。場所は埼玉県入間市の「入間青年の家」です。この直後のリサイタルに向け、この時期に合宿を行います。この合宿の時、私は東京女子大学の学祭に出ることが決まっていて、学祭出演日やその練習日とリサイタル合宿とが重なってしまったため、3日間しか参加できませんでした。
 さて、場所は「入間青年の家」です。そう、「青年の家」です。理科大ジャズ研のダラダラ合宿に鍛えられた私としては・・・名前からしてダウンです。子どもの頃、「青年の家」へ行って何をしたか?・・・んーん、とてもジャズ屋の合宿とは思えない。多少ニューオレの夏合宿で慣れたとはいえ、これはたいへんそうです。

 合宿へ参加する日です。夕方です。すでに他の人たちは合宿場にいます。私は夕方、西武線の仏子の駅へ行きます。そして後輩に合宿場まで車で連れて行ってもらいます。夕食を済ませ、早速練習です。
 練習が終わりました。今日の練習は終わりです。私はもちろん、
    「酒」
酒・・・さけ・・・「青年の家」にそんな言葉はありません。異国です。
    「サケ」
    「サケー」
どう発音しても言葉が通じません。それに翌日はどうせ変な体操のために朝早く起こされるはず。もういい・・・さっさと寝ます。
 2日目です。朝6時、
    「ジミーさん、起きてください。」
たたき起こされます。はいはい、わかりました。これから夏合宿のときやった「1年生オリジナル体操」の時間でしょう・・・
 外に出ます。知らない人たちもいます・・・そうか。「青年の家」だからニューオレの人たちだけじゃないんだ・・・勝手に整列させられます。
    「国旗掲揚!」
・・・あの〜、私ダラダラジャズ屋なんですけど・・・
    「き〜み〜が〜よ〜・・・」
仕方ありません。まわりに合わせます。そして「朝のつどい」終了。・・・まったくぅ・・・なんでビッグバンドの練習に国旗掲揚が必要なんぢゃ?
 朝メシです。朝メシが終わると練習。練習が終わると昼メシ。昼メシが終わると練習・・・そう、練習だけなんですね。
 夕方、練習が終了しました。でもちょっと時間が早い。いやな予感が・・・
    「外へ集合してください。」
はいはい。わかりました。やればいいんでしょ。
    「国旗降納!」
まわりに合わせます。そして「夕方のつどい」終了。・・・だからなんで練習に国旗が必要なんぢゃ?・・・ん?降ろしたんだからいいのか・・・だめ。
 その後、ちょっとだけバレーボールの時間があって、夕メシです。
 夕メシが終わると練習です・・・国旗は降納したのに練習は降納しないらしい・・・。
 そして練習が終わりました。今日も1日御苦労様です。・・・んーん、やっぱなんか物足んない・・・さ・・・さっ・・・
    「禁句!」
寝りゃいいんでしょ、寝りゃ・・・寝ます。
 3日目です。同じです。国旗掲揚して、朝メシ食います。そして練習。昼メシ。練習。
 その練習の途中、私1人だけ抜けて帰りました。

東女で会った田中邦和
1987/11/15(日) / 22歳 / 大学4年目
 東京女子大学のサークルのバンドに参加、東女の学祭に出演しました。
 理科大ジャズ研の1つ下の後輩のピアノのPayapaは大学が東女で、東女のサークルにも入っていました。そこのバンドに誘われました。メンバーと演奏曲目は、

    大亦ゆみ子(vo)   Jumping Jack Flash (The Rolling Stones)
    田中邦和(ts)   Why Can't I Be You (The Cure)
    じみた(ep、key)   Mystery (Anita Baker)
    波多野<Payapa>素子(key)   Ordinary Day (Curiosity Killed The Cat)
    牧野真弓(ep、key)   Jimmy Lee (Aretha Franklin)
    松永恒雄(g)  
    浜口英雄(eb)  
    北原美由紀(ds、cho)
    牛島由美子(ds、fl、cho)

 私は白衣を着て出演しました。理系ってことで。
 このバンドでテナーの田中邦和くんと知り合いました。この時、彼は東大のジャズ研で2年生でした。

理大祭「あけみ」
1987/11/20(金)〜1987/11/23(月) / 22歳 / 大学4年目
 理科大の学祭、理大祭「あけみ」です。4回目です。バンドはコンサートと変わっていません。バンド名とメンバーです。

     <じみたW> <ザ・”笑点”>
    じみた(p)   松本圭(as)
    浅田聡(b)   じみた(p)
    坂上学(ds)   関塚健太郎(g)
  初田哲也(eb)
  大西<Roa子>里実(ds)

丸山繁雄酔狂座オーケストラリハ at 増上寺
1987/11/24(火) / 22歳 / 大学4年目
 丸山繁雄酔狂座オーケストラのリハーサルでピアノの米田正義さんが来れないというので私がやりました。場所は東京タワーの横にある増上寺です。翌日、このバンドが増上寺でコンサートを行うためです。メンバーに、グズラさんこと望月英明(b)さん、楠本卓司(ds)さんなどがいました。
 ヤマハの象牙の鍵盤のピアノが置いてありました。値段が高いです、これは。お寺ってそんなにもうかるんですか。

法政ニューオレのリサイタル
1987/11/29(日) / 22歳 / 大学4年目
 法政ニューオレのリサイタルです。場所は有楽町の読売ホールでした。
 リサイタルは難なく無事終了しました。ラストの曲、Sing Sing Sing を演奏して終了、アンコールが来ます。そして、I Can't Stop Loviin' Youを演奏し始めます。演奏の途中、管の人は全員ステージの前へ出てきます。そしてステージの一番前で横へ一列に並んで演奏、そして演奏が終了、幕が降りて、すべて終了です。
 これで、私のニューオレのトラ1年目は、いくつかの仕事を残して、実質終了です。

東女バンド打ち上げ
1987/11/30(月) / 22歳 / 大学4年目
 東京女子大学の学祭に出演したバンドで打ち上げを行いました。場所は下北沢の居酒屋でした。テナーの田中邦和くんは参加しませんでした。
 やはり、女の子の飲み会になりますね。酒の量はそんなに多くありません。しかし朝までお店にいます。ほとんどの人は途中でテーブルの上で寝てしまいました。参加者はなんたって東女ですからねえ、私としてはもうちっとお話したいところなんですけど・・・寝てしまってはしょうがないっす。

千葉港ホテルニューツカモトでの仕事・・・法政ニューオレ
1987/12/01(火) / 22歳 / 大学4年目
 法政ニューオレの仕事です。京葉線千葉港のホテルニューツカモトでの演奏でした。ちょっと遠かったですね。

東女サークルのクリスマスコンサートを見に行く
1987/12/10(木) / 22歳 / 大学4年目
 東京女子大学のサークルのクリスマスコンサートがあるというので見に行きました。場所は渋谷のエピキュラスでした。東女の子ばっかりです。女の子ばっかりです・・・当たり前です。

★ある病院の忘年会のバックバンド・・・法政ニューオレ
 <演歌のバック演奏>
1987/12/12(土) / 22歳 / 大学4年目
 法政ニューオレの仕事で、ある病院の忘年会です。場所は横浜中華街の「重慶飯店」、2つの場所を持つ、中華街の中でも大きなお店です。この仕事は通常のバンド演奏だけでなく、忘年会の参加者が演歌を歌うというのでコンボでそのバック演奏をしなければなりませんでした。
 仕事の3日前です。まだテープや譜面や曲名リストは何もありません。これでは何もできません。仕事は3日後です。どうするんでしょう?
 仕事の2日前です。今日も何も来ませんでした。仕事は2日後です。いったいどうするんでしょう?
 ついに前日です。夕方、ニューオレの練習に行きます。そしてマネージャに聞いたら・・・ようやく来たそうです。しかし来たのはテープだけです。譜面はありません。ニューオレの練習が終わるのは夜9時です。そして練習が終わりました。曲のリストを見てみます。・・・「男と女のラブゲーム」「花街の母」「無錫旅情」「雪国」「よせばいいのに」「つぐない」「思い出の渚」「昔の名前で出ています」「有楽町で逢いましょう」「夕やけ雲」・・・ウカーッ!! ド演歌ですわ!それに「無錫旅情」って何?そんな曲名聞いたことない・・・いや、それよりも、譜面がないじゃんか! 譜面はどうするんぢゃ! 仕事は明日だぞ!
    「すいません。」
    「ジミーさん、お願いします。」
・・・わしか、やっぱりわしか・・・わしが耳コピするしかないのね・・・はいはい、わかりました。
 2つ下の後輩のマネージャも責任を感じたのか、うちへきて何か手伝うことに。そしてうちで私は耳コピ開始。1曲終了。私は2曲目を耳コピ開始。その間マネージャは1曲めの他の人の分の譜面を作成・・・こうして流れ作業を進めます・・・10曲ですからかなり時間がかかります。
 朝、ようやく終了。なんとか全員分の譜面を作成しました。しかしもう朝です。寝る時間があまりない。あーもー・・・マネージャが、
    「もしジミーさんがいなかったらこの仕事、飛んでます。」
・・・普通ぢゃうれしいが、今その言葉を言ってくれても・・・それより早く寝よう。
 マネージャーは一番先に現場にいかなければなりません。マネージャーはたいへんです。私より先に起きて出ます。彼はほとんど寝てないに等しいです。私はリハに間に合えばいいのでもう少し寝れます。そして起きて行きます。でも激眠。
 着くと、おおよそ楽器セッティング済みの状態、ちょうどよかったらしい。そして演歌のリハ開始・・・あんたたちは昨日はたっぷり寝たんでしょ。まったくこっちの苦労も知らずに・・・楽なもんだよなあ・・・リハも終了。
 そして本番の演歌の時間。まあなんとかすすんでいきます・・・ところでこの仕事、すべて歌詞は2番まででよいということになってました・・・ある人が歌い始め、2番まで歌い、予定どおりバックは終了。すると、
    「あれ? 3番は?」
・・・うっ、まずい・・・すると、参加者たちが、
    「まあまあ、おめーはそれでいいんだよ。」
ほーっ、よかった。・・・これにはヒヤッとしました。
 まあ、なんとか無事に終わりました。

★森林公園でのクリスマスパーティ・・・法政ニューオレコンボ
 <ウッドベースの安ヶ川大樹登場>
 <白いグランドピアノ>
1987/12/13(日) / 22歳 / 大学4年目
 石川智登(ts)、河野哲也(tb)、じみた(p)、安ヶ川大樹(b)、福原<4Q>俊介(ds)

 法政ニューオレに来た仕事です。埼玉県の森林公園付近のホテルでのクリスマスパーティでした。

 <ウッドベースの安ヶ川大樹登場>

 ニューオレのベースの池上くんが出来なかったため、明治BSの安ヶ川くんを呼びました。彼はこの年は日大リズムでエレベーを弾いていたので、私はエレベーの人だと思っていました。
 この打ち合わせの時、ウッドベースを担いでニューオレの練習場にやってきました。
    「あれ、ウッドじゃん。」
安ヶ川くん、
    「ほんとはウッドなんですけどね。」
ふ〜ん、そうだったの。彼のウッドなんか聴いたことがない。ちゃんと弾けんのかな?まあいいや、とりあえずピアノトリオで1曲だけ。・・・やってみるとちゃんと弾ける。
    「なんだ、ウッドも弾けるんじゃん。」
安心しました。もう時間も遅いし、今日は終わり。
    「あっ・・・もう終わりですか?」
彼はちょっと物足りないようだけど・・・いいや、終了。
 ちなみに彼は2年生、あとの4人は4年生です。せっかく他の大学の先輩たちと、しかもコンボでリハが出来ると、わざわざ自分の楽器まで担いで張り切って来たのに、1曲トリオでやって終了とは・・・まあ先輩には文句は言えません。この日はこれで帰りました。
 当日、演奏は無事終了しました。
    「結構いいんじゃん。」
 これ以降、何か仕事やイベントがあるとあると必ず彼を誘うようになりました。彼も誘ってくれました。彼はのちに理科大のジャズ研にも入りました。
 ほんとに彼とはよく一緒に演奏したり飲んだりしました。

 <白いグランドピアノ>

 当日、演奏会場に行くとピアノが白いグランドピアノでした。演奏場所で白いグランドピアノが置いてあるところはめったにありません。
 みんな言ってます。
    「すげーじゃん。」
    「カッコイイー。」
そうかなあ。ピアノ自体はそうだけど・・・弾くのはあたしでっせ。んーん、これを弾くのか・・・
 まあどうせ弾くなら思いっきりやりましょう。
    「じみたと白いグランドピアノ」
おしゃれ〜!!・・・っちゅうか変だぞ。

乃木坂健保会館でのクリスマスパーティ・・・法政ニューオレコンボ
1987/12/15(火) / 22歳 / 大学4年目
 石川智登(ts)、河野哲也(tb)、じみた(p)、池上秀夫(b)、福原<4Q>俊介(ds)
 
 法政ニューオレの仕事です。乃木坂の健保会館ハートイン乃木坂でのクリスマスパーティの演奏でした。
 確か、パーティの係の女性の人たちは和服を着ていたと思います。ジャズと和服・・・まあこれもいいもんです。

法政ニューオレの譜面整理
1987/12/19(土) / 22歳 / 大学4年目
 法政ニューオレの譜面整理です。ビッグバンドですから譜面はちゃんと管理しないと大変なことになってしまいます。譜面整理で丸1日使うんですね。御苦労様です。

取手での演奏・・・法政ニューオレ
1987/01/15(金) / 22歳 / 大学4年目
 法政ニューオレの仕事です。千葉県取手での演奏でした。確か3つ下の後輩のピアノの服部が持ってきた仕事だったと思います。彼、取手に住んでましたから。

★天童自動車学校合宿免許・・・音楽レスの18日間
 <その結果は?>
1988/02/20(土)〜1988/03/08(火) / 22歳 / 大学4年目
 自動車の免許を取りに山形県天童市の天童自動車学校の合宿免許へ行きました。天童市は将棋の駒で有名なところです。
免許取得自体は何も問題ありませんでした。最初の予定どおりで18日間で卒業できました。ただ、この時期ですし山形ですから雪です。いきなり雪の中で教習でした。これはたいへんでした。
 しかし、いるんですねえ、合宿免許だというのに酒盛りでバカになってるやつ。こういう連中は必ず期間延長になります。私は同じ日に入った十数人の人たちの中で一番年上だったので班長をやらされました。やはりなんとなく班が2つのグループに分かれてしまい、私のほうでないグループはことごとく落ちてました。最初の予定どおりに卒業できたのは半分以下で、その人たちとさっさと帰ってきました。私がいた班は特にひどかったらしく、私の後に入った班の班長の女の子が「あなたの班はたいへんですねえ」と言ってました。まあ班長といったって別に何するわけではありませんでしたけど。合宿免許ぐらい真面目にやりましょうね。

 ところで、私はこの合宿には一切の音楽道具は持っていきませんでした。まったく音楽から離れた18日間でした。したがって少なくとも鍵盤に関しては下手になることはあっても上手くなることはないはずです。そしてこの後すぐ、理科大ジャズ研の春合宿があります。

 だいぶ後になって、理科大の大先輩から言われました。
    「じみたはあの春合宿から少しよくなった。」
音楽で悩んでいる時は、逆にまったく音楽から離れてみるのもいいと思います。何かふっきれるものがあるかもしれません・・・いや、そうしてください。そうしたほうがいいです。なぜかというと・・・
 これは理科大ジャズ研の主、村山先生こと村山秀樹氏のお言葉です。村山先生とは・・・ジャズを知り尽くしている人です。チャーリー・パーカー研究では日本でNo.1です。自身もベースを演奏されます。同年代の学バン出身のプロミュージシャンで「ベースの村山」の名を知らない人はいません。私はこの言葉にどれだけ励まされたことでしょうか。

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