じみたの歴史

1987~1988年(21歳~22歳)
大学4年目

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1987年5月15日(金)
☆法政大学ニューオレンジビッグバンドにトラで入部
<同じくトラで来たドラムの4Q>
<女も強い>
<実は強烈だったバリトンサックスの清水さん>
<六大学ビッグバンド連盟とは>

1987年5月30日(土)
☆理科大ジャズ研の新歓コンパ
※これが九州人だったか、S方ってやつは

1987年7月7日(火)
☆天久美智子さんとデート、ではないけど

1987年7月8日(水)
☆丸山繁雄 酔狂座オーケストラのリハトラ
<法政ニューオレ 練習室>

1987年7月9日(木)
☆理科大ジャズ研先輩 簑下さんのスタジオセッション
※蓑下セッション開始
じみた(p) 軍司(b) 蓑下(ds)

1987年7月27日(月)
☆日大リズムにいたベースの安ヵ川くん
※初共演:安ヵ川大樹(b)

1987年8月3日(日)~10日(月)
☆法政ニューオレの夏合宿
※理科大ジャズ研と全然違っていた
<ニューオレの合宿とは>
<斑尾ジャズフェスを勝手に観に行く>
<ベーシストの譜読みの成果は?ON寺>
<飲んで人格が変わった後輩、O澤>

1987年8月13日(木)~20日(木)
1987年8月16日(日)

☆理科大ジャズ研の夏合宿
☆山野ビッグバンドコンテスト
「重なる」

1987年8月22日(土)
☆神楽坂「タゴール」オープン
「法政ニューオレ コンボ」
おやじ(ts) 河野(tb) じみた(p) 池上(b) 4Q(ds)

1987年8月30日(日)
☆六大学ビッグバンドコンサート
「300人の打ち上げはどうする?」

1987年9月26日(土)
<新橋 場所?>
「高本さん 結婚式二次会」
(理科大ジャズ研OB)
Eve(tp) 苅田(ts) じみた(p)φ(フェイ)(b) まなぶ(ds)

1987年10月4日(日)
<狭山市 農協祭り>
「法政ニューオレ」

1987年10月10日(土)
<世田谷 場所?>
「ミス世田谷コンテスト」
「世田谷ビッグバンド」

1987年10月12日(月)
☆木場で三大ジョイントの練習
※日大は練習場も多い

1987年10月15日(木)
☆中央大スイングクリスタルの練習を観に行く

1987年10月27日(火)~12月20日(日)
☆忙しかった2ヶ月

1987年10月31日(土)
☆三大ジョイントコンサート
<池袋 サンシャイン噴水広場>

1987年11月3日(火)
☆理科大ジャズ研のコンサート
<六本木 ピットイン>
「じみたⅣ」
じみた(p) 浅田(b) まなぶ(ds)
「ザ・"笑点"」
松本(as) じみた(p) 健太郎(g) 初田(eb) Roa子(ds)

1987年11月
☆早稲田祭に板橋文夫が現る
「板橋文夫 セッション」
峰厚介(ts) 板橋文夫(p) 井野信義(b) 角田健(ds)

1987年11月12日(木)~14日(土)
☆法政ニューオレのリサイタル合宿
「青年の家での合宿はどうなる?」

1987年11月15日(日)
☆東京女子大の学祭に出演
「大亦ゆみ子 グループ」
大亦ゆみ子(vo) 田中邦和(ts) じみた(ep, key) Payapa(key) 牧野真弓(ep, key) 松永恒雄(g) 浜口英雄(eb) 北原美由紀(ds, cho) 牛島由美子(ds, fl, cho)
※初共演:田中邦和(ts)
※東大ジャズ研で高校の後輩でもあった田中邦和くんに会う

1987年11月20日(金)~23日(月)
☆理科大ジャズ研の学祭「あけみ」
理大祭「あけみ」
「じみたⅣ」
じみた(p) 浅田(b) まなぶ(ds)
「ザ・"笑点"」
松本(as) じみた(p) 健太郎(g) 初田(eb) Roa子(ds)

1987年11月24日(火)
☆丸山繁雄 酔狂座オーケストラのリハトラ
<増上寺>

1987年11月29日(日)
☆法政ニューオレのリサイタル
<有楽町 読売ホール>

1987年11月30日(月)
☆東女バンドの打ち上げ

1987年12月1日(火)
<千葉港 ホテルニューツカモト>
「法政ニューオレ」

1987年12月10日(木)
☆東女サークルのクリスマスコンサートを観に行く
<渋谷 エピキュラス>

1987年12月12日(土)
<横浜中華街 重慶飯店>
「病院の忘年会」
「法政ニューオレ」
※大変だった演歌のバック演奏

1987年12月15日(火)
<森林公園 ホテル>
「法政ニューオレ コンボ」
おやじ(ts) 河野(tb) じみた(p) 安ヵ川(b) 4Q(ds)
<初めてのウッドベースの安ヵ川くん>
<白いグランドピアノ>

1987年12月15日(火)
<乃木坂 健保会館>
「法政ニューオレ コンボ」
おやじ(ts) 河野(tb) じみた(p) 池上(b) 4Q(ds)

1987年12月19日(土)
☆法政ニューオレの譜面整理

1987年1月15日(金)
<取手 場所?>
「法政ニューオレ」

1988年2月20日(土)~3月8日(火)
☆天童自動車学校 合宿免許
「音楽レスの18日間」
「その結果は」




1987年5月15日(金)
☆法政大学ニューオレンジビッグバンドにトラで入部

 法政大学ニューオレンジビッグバンドにトラで入部しました。法政大学の市ヶ谷校舎は理科大から歩いて約10分と非常に近いです。

 トラです。自分から進んで入部したのではありません。きっかけはこうです。

 理科大のすぐ近くにコーナー・ポケットというジャズ喫茶があり、私はよく出入りしていました。店にはニューオレの人も出入りしていました。ただ私はあまり知り合いではなかったです。マスターもニューオレのOBです。

 ある日、マスターから「ニューオレにトラでいいから来てくれないか?」と誘われました。それほど行きたいわけではないですが、まあトラなら別にいいか、とも思いました。後日、マスターから「そのうちニューオレのやつから電話あるから。」と言われ、後日に電話があり、バンド練習へ行く事にしました。これで入部が決まりました。

 ちなみにトラ待遇だったため、この先2年間、部費や合宿代やコンサート代などの一切の費用はかかりませんでした。当時の皆様、ありがとうございました。

 また、この入部で私の知り合いがいきなり増えました。

 私が入部した時、ニューオレは通常のバンド練習ではなく、ある企画物の練習をしていて、ギターの三好3吉さんがリーダーをやっていました。私は3吉さんをコーナー・ポケットで知っていました。

 あと名前ですが、ニューオレでは「じみた」ではなく、なぜか「ジミー」「ジミーさん」と呼ばれていました。どこで「た」がとれたんだろう?



<同じくトラで来たドラムの4Q>

 私がニューオレに入部した時はドラムがいませんでした。練習はドラム無しでやっていました。しばらく経って、慶応大学のライトミュージックから誰かトラでドラムが来るというのを聞きました。ある日の練習後のミーティングでバンマスが言います。

  「次の練習から、ライトのドラムの
   『よんきゅう』
   ってやつが来ます。」

誰かが聞き返します。

  「よんきゅう?それ本名?」

バンマス、

  「知らねぇ。」

 そして来ました。文字で書くと「4Q」。何でも彼の先輩のドラムが春日三球に似ていて「三球」と呼ばれていて、その後輩だから「四球」……んぢゃ彼は春日三球と関係ないやんか。何ちゅうあだ名ぢゃ。

 彼は慶応ライトもやっていましたが、大学は武蔵野美術大学で、武蔵美のジャズ研です。上手かったし、良かったなあ4Qのドラムは。六大のコンサートでプロの誰かからも誉められていたもんなあ。ちなみにライトのレギュラーは鶴岡磨城(まき)……いい名前です……というドラムだったのですが彼も上手かった。彼は私が入部する前にトラでニューオレに来ていたようです。私が入部してからもよく遊びに来ていました。鶴岡くんも上手かったですが、さすが日本の学バンの1位2位を争う慶応ライト、隠し玉も同じレベルでした。素晴らしいドラマーです、4Qは。……忘れてた。福原俊介です、一応(^^)

 六大で私と同期のドラマー4人、山野ビッグバンドコンテストでソリスト賞を取った中央大学スイングクリスタルの坂田守くん、早稲田ハイソで本当はダンモの中原康仁くん、それに慶応ライトの鶴岡くんに4Q、みんな素晴らしかったです。



<女も強い>

 私が入部した時、すでに1年生が何人か入部していましたが、私が入部してからも新入部員が入ってきました。

 ある日、ピアノの女の子が2人同時に入部しました。2人とも大学は法政大学でなく音大生でした。1人は背が低く、いかにも音大生って感じの子でしたが、もう1人は割りと背が高く、ガタイもいい子。聞くと高校時代はバレーボール部。ニューオレにはすでに1人、高校時代バレーボール部だった1年生のラッパの女の子がいました。またバレーか。

 後日です。練習が終わって片付けの時間にいた私は見ました。その1年生の子がバカデカいベースアンプを1人で持って運ぶ姿を……そのベースアンプは男でも1人で運ぶのは大変な重さで、たいてい2人で運んでいました。何ぢゃ、この女は?

 また後日です。練習が終わって片付けの時間に練習場にいると、その子がベースアンプを持とうとしています。私が聞きます。

  「それ、1人で運ぶんだ。」

すると、

  「これ、私の趣味なんですよ。エヘヘ。」

趣味って……そして1人で持ち上げ、運んで行ってしまいました。この子、その後も事あるごとに自分の力を自慢してました。一応……音大生です。

 話は変わりますが、高校時代バレーボール部だった1年生の「ナベ」と呼ばれていたラッパの女の子の話です。この翌年にある新歓コンサートの時の事。私は演奏が終わってその子と話をし、片づけの時間になりましたが、ちょうどそこにドラムのいわゆる「くず鉄セット」のボックスがありました。シンバルスタンドなどが入っている重たいやつです。あれをその子が1人で運ぼうとします。

  「えっ?1人で運ぶの?」

この子、背は普通でしたが、普通の女の子より少しガタイはよかった。

  「こんなの、"へ"ですよ。」

1人で持ち上げます。ほう、バレーボールっちゅうのは知ってたけど、大したもんだ。すると、

  「あたし、米俵20kgとか
   運んでましたから。」

あんた、法政大学の女子大生ですよ、女子大生。しかも米屋でもないのに何で米俵を運ぶんじゃ?

 まあこの代は女だけでなく、ピアノのH部は元ラグビー部だし、ベースのON寺は元柔道部だし……楽器運びもさぞかし楽だった事でしょう。



<実は強烈だったバリトンサックスの清水さん>

 ニューオレで私の1つ上の代にバリトンサックスの清水さんがいます。ジャズ喫茶コーナー・ポケットによく来ていたので顔は知っていました。私はニューオレに入部するまでは普通の人だと思っていました。

 清水さんはバイクでバリサクを運びます。普通バイクでは運びません。バリサクのハードケースはとても大きいですから。でもこれをバイクにくくりつけて運びます。清水さんは背も高いので、これが様になるんですねぇ。結構やることが強烈でした。

 ある日、中華料理屋にニューオレの人たちで行った時の事です。清水さんと他の何人かがカタ焼きそばを注文しました。そこのカタ焼きそばは全然辛くなかったので、まず他の人がラー油をかけました。小さいスプーンが付いているラー油がありますよね。あれで何杯かすくってかけました。すると、清水さん、

  「何だそれ?かけてんの?」
  「こんなものはねぇ……」

いきなりラー油の入れ物を取り、フタを開け、スプーンをはずし、ジャーっと入れ始めるではないですか。みんな、

  「ああ!清水さん!」

満杯だったのが半分以下になってしまいました。

  「あーあ、清水さん。」
  「そんなに入れちゃって~。」

周りのみんなは呆然としていますが、清水さんの辛い物好きをよく知っていた人が、焼きそばをのぞき込んで、

  「ああ、これ?」
  「清水さんなら大丈夫。」

結局、旨そうに全部食べてしまいました。何もそこまでしなくてもいいものを……

 清水さんの辛い物好きは、何かあるごとに出ましたねぇ。ニューオレの人たちで飲んでいた時の事、1年生に唐辛子やラー油が入ったビールを飲ませるというのがありました。これを飲んだ1年生は大変。もがき苦しんでいます。これを見た清水さん、

  「何?何?そんなに辛いの?」

それを取って飲み始めました。そして、

  「うん、辛い。」

言っている事と顔が違います。涼しい顔をしてます。本当に辛いんですか?というか、そういうレベルなんですか?

  「確かに辛いわ。」

涼しい顔をしてます。横の1年生は苦しんでいます。どういう事なんでしょうか?

 大人しそうな普通の人に見えましたが、実は強烈な人でした。



<六大学ビッグバンド連盟とは>

 ニューオレは六大学ビッグバンド連盟に属してます。六大学ビッグバンド連盟は、

・早稲田ハイソ(サエティ)
・慶応ライト(ミュージック)
・慶応KMP
・明治BS(ビッグサウンズ)
・中央スイング(クリスタル)
・日大リズム(ソサエティ)
・法政ニューオレ(ンジ)

の六大学七バンドです。お互いよく遊びに行きますね。この年は、日大のラッパの浦谷くんやKMPのラッパの福田くんはニューオレの練習日に毎回のように遊びに来ていました。


1987年5月30日(土)
☆理科大ジャズ研の新歓コンパ
※これが九州人だったか、S方ってやつは

 理科大ジャズ研の新歓コンパです。先輩側になって3回めです。

 ギターのS方という人が入部したのですが(途中でやめた)、彼は福岡県出身で私と同じでした。もちろん彼も飲まされ、次第に酔ってきます。ただ見た目はそれほど変わりませんでした。ところが彼の場合、絡みというか、何というんでしょうか……噴射をしたいのですが、トイレではなく、先輩に噴射しないと気が済まないというのです。私を捕まえて、

  「じみたさん!」
  「外にするのはもったいないです。」
  「胸の中で受け取ってください。」

やぢゃ、やぢゃ、やぢゃ!!わしの服の中へだと?やぢゃ!だめぢゃ!

 しつこかったですねぇ。振り払っても逃げてもダメ。どこまでも追いかけて来ました。まあ結局私はされませんでしたけど。誰か被害に遭った人がいたのかなぁ?その後、彼は潰れたと思いますが。

 参りました。これが九州人です……いやウソです。


1987年7月7日(火)
☆天久美智子さんとデート、ではないけど

 1日だけ一緒に飲みました。2人だけでは無かったですけど……

 あめくみちこさん、知ってますかね?女優です。佐藤B作率いる東京ボードビルショーの一員です。昔、欽ちゃんのテレビ番組「週間欽曜日」にレギュラー出演していたのでわかる人もいるかと思いますが。

 たまたまですが、ジャズ研関係の私の知人が天久さんのお兄さんと同級生でした。ある日、その知人の紹介でお兄さんに会って、その事を言うと、

  「そのうち会わせてあげるよ。」

まあそんな事を言っても相手はテレビに出ている芸能人ですからね。ところがこれが何と実現する事に。

 約束の日、その知人と一緒に下北沢の本田劇場へ行き、まずボードビルショーの公演を観ました。佐藤B作さんや山口良一さんがいます。もちろん天久さんもいます。

 終わってからです。客もほとんど帰り、ロビーで待っていると、佐藤B作さんが出てきて、どっかのオネーちゃんに、

  「なーんだ、いつ来たの?」

とか言って、2人で消えてしまいました。ああ、芸能人ってやっぱりこういうものなのね……。そして天久さんが登場。知人が、

  「おお、久しぶり~」

と挨拶。そして私を紹介。ああ、ついに……とても嬉しいです。その後、3人で飲みに行きました。

 飲み会が終了。知人は、

  「オレは帰るから。後は好きなように。」

はい……ちょっと待った!いきなり芸能人とデート?嬉しいやら、でもどうしていいやら……天久さん、

  「あたしの知ってるお店に
   行きましょうか?」

も、もちろんそれでいいです。一緒に電車で新宿の店へ……電車ですよ、2人で電車……

 店に入りました。天久さんの知人が何人かいるようでした。そこでその人たちと一緒に飲みました。

 飲み会終了。深夜です。この日、私はお金をほとんど持ってなくタクシー代がない。どうしよう?

  「あたしが貸してあげますよ。」

そんな、貸してあげるなんて、それはちょっと……

  「貸してあげますよ。」

どうしたもんか?他の人たちにも、

  「借りてタクシーで帰んなよ。」

と言われ、タクシー代を借りて帰りました。

 いやはや、とても嬉しかったです。ありがとうございました。


1987年7月8日(水)
☆丸山繁雄 酔狂座オーケストラのリハトラ

 ヴォーカルの丸山繁雄さんが法政大学のニューオレンジビッグバンドと一緒にコンサートをやる事になりました。ピアノは米田正義さんでしたが、リハーサルの日は来れなかったため、私がリハトラをやる事になりました。

 ニューオレの人たちは先に練習場で待っています。すると練習場のドアが開きました。サングラスをし、シルベスタ・スターローンのような顔をした人物が突っ立っております。全く動きません。何ぢゃこのロボットは?……テナーの井上淑彦さんでした。私はもう何回も井上さんを観ていましたが、こんなロボットで登場するとは……。他のプロの人たちは普通に入ってきました。大友義雄(as)さん、グズラさんこと望月英明(b)さん、磯見博(ds)さん、そして丸山さんです。

 リハはまあ普通でしたが、リハ中の事です。丸山さんのオリジナルのラグビー組曲の中のタックルダウンという曲の途中にテナーのソロがあり、これを井上さんと、ニューオレで私と同期のテナーのOやじがやるのですが、Oやじがソロを始めると、丸山さん、

  「おっ、ニューオレの松風紘一!」
  「松風紘一!」
  「まーつかぜこういち!」

何だか誉めてるんだか、バカにしてるんだか……バカにはしてないでしょうが(^^)。Oやじはちょっと恥ずかしそう。

 その後、タックルダウンから次の曲へ進みますが、それまでの間がピアノのフリーソロで、私がやらなければなりません。タックルダウンがフェイドアウトして私が適当に弾き出すと、丸山さん、

  「おっ、ニューオレの板橋文夫!」
  「板橋文夫!」
  「いーたばしふみお!」

ですからぁ……恥ずかしいではないですか(^^)


1987年7月9日(木)
☆理科大ジャズ研先輩 簑下さんのスタジオセッション
※蓑下セッション開始
じみた(p) 軍司(b) 蓑下(ds)

 理科大ジャズ研で1つ上の先輩、ドラムの蓑下さんのセッションバンドに参加しました。メンバーは、じみた(p) 軍司(b) 蓑下(ds) です。軍司さんは本名ではないですが……(^^)。軍司さんも私の1つ上の先輩です。あと確か女性ヴォーカルの人もいましたが、名前は忘れてしまいました。場所は桜新町のスタジオPLUS ONEでやりました。このバンドは1年ぐらい続きました。


1987年7月27日(月)
☆日大リズムにいたベースの安ヵ川くん
※初対面:安ヵ川大樹(b)

 この時期、法政大学の練習室は夏休みで閉館するので、3日間ほど日本大学リズムソサエティの両国日大練習場を借りて練習を行ないました。

 この初日、日大リズムでエレベーを弾いていたのが2年生の安ヵ川大樹くんでした。彼は、大学は明治大学で、明治ビッグサウンズの出身でウッドベースですが、BSの人というのを知ったのは後からです。

 当時、日大リズムにベースがいなかったのでトラで行っていたようです。曲はラテンものが多く、エレベーを弾いていました。でも私は事情を知らないので、この年の12月まで彼を日大のエレベーの人だと思っていました。


1987年8月3日(日)~10日(月)
☆法政ニューオレの夏合宿
※理科大ジャズ研と全然違っていた

 法政ニューオレの初めての夏合宿です。場所は長野県の飯山にある森荘でした。ビッグバンドの合宿とはどういうものなのか?私は初めて体験します。



<ニューオレの合宿とは>

 理科大ジャズ研のダラダラ合宿に鍛えられた私は、まず出発から食らわされます。法政大学に来た合宿車は、なんと、

  「大型観光バス貸し切り!」
  (@_@)

練習なんかやめて観光旅行にしましょう(^^)

 観光バスです。観光バスに付き物といえば……いるはずです……をを!いました!!

  「バスガイド!」
  (^_^)

オネーちゃんです!オネーちゃん!!……合宿場へ行くだけなのに、どこをガイドするんでしょうか?素晴らし過ぎます……(^^)

 いきなりジャズ研と違います。バスガイドネーちゃん付きの大型観光バスに乗って出発です。しかし飯山というのは遠いですね。相当時間がかかったと思います。

 この合宿の目的は、この直後にある山野ビッグバンドコンテストのための練習です。なのでジャズ研の合宿とは中身が違います。まず酒が飲めません。飲めるのは最終日だけです。いや、トラだから別に飲んでも良かったのですが……みんな飲まないから飲みませんでした。これだけでも相当違います。練習はといえば、バンド自体がレギュラーとジュニアの2つだけなので、ジャズ研のように7つも8つものバンドが練習時間を奪い合うような状態にはならず、ドーンと朝から夜まで目一杯練習です。

 さて、理科大ジャズ研のダラダラ合宿で鍛えられた私はどうなるかというと……

 朝6時、

  「ジミーさん、起きてください。」

1年生に叩き起こされます。

  「んー、何でこんなに早いの?」

どうも起床時間らしい。すると、

  「みんな外へ出てください。」

外だと?朝っぱらから何ぢゃい?

  「体操の時間です。」

ナニィ?体操?ジャズ屋が朝っぱらからラジオ体操?ったくもう……外へ行きます。みんな集合すると、

  「1年生のオリジナル体操の時間です。」

何ぢゃそれは?ラジオ体操じゃないんかい?……どうやら1年生が毎日1人づつ、オリジナルの体操を考えて、それをみんなでやらないといけないようです。今日は高校時代にラグビー部だった1年生のラグビー体操でした。訳わからん。

 体操の時間が終わると朝メシです。朝メシが終わると、少し休憩。そして練習場へ行きます。朝はパート練習の時間。リズム隊はピアノ・ベース・ドラムの3人。管の人たちは練習場の外で、リズム隊は中でやります。

 で、山野のコンテスト用の曲を3人で練習……といってもビッグバンドの譜面を3人でやっても面白くない。それにドラムは4Qって上手いのがトラで来てる。ベースの池上くんも3年生でそれなりに弾ける。何も問題ないやん……という事で、リズム隊だけ山野のコンテストとは関係なく勝手に、

  セッション

してます。

 午前中の練習は終了。昼メシです。

 昼メシが終了。少し休憩して、今度は全体練習。練習場へ行きます。練習開始。午後は、

  目一杯

練習です。疲れます。練習終了。夕メシです。夕メシが終了。少し休憩。そして、

  夜の練習

また練習開始です。そして練習が終了。

 やっと1日終わりました。疲れましたね。さあ、酒、酒……

  禁酒

強制消灯です。「パチッ」。……酒……

  「わしの酒」

は?……

 まあだいたいこのような感じでした。ジャズ研とはエラーーーく違いました。

 最終日、帰りも同じく観光バスです。をを!いますよ、います!行きと同じ人です!!

  「バスガイド!」

オネーちゃんです!……だからどこをガイドするんぢゃ?……法政大学に着いて夏合宿は終了です。



<斑尾ジャズフェスを勝手に観に行く>

 この夏合宿の期間中に、近くで斑尾ジャズフェスティバルがありました。といっても練習はあります。ドラムの4Qは自分の車で合宿に来ていました。そこで彼と一緒に行こうと企てます。コンサートマスターに聞くと、その日の夜はダンパの練習なのでOK。という事で観に行く事にしきました。

 観たのは2セットです。まず、マル・ウォルドロンのピアノソロでした。実にマルらしいソロでした。何曲か演奏しました。

 次はディジー・ガレスピー・セッションでした。ディジー・ガレスピー(tp) ジェームス・ムーディー(ts) ケニー・カークランド(p)などがいました。1曲目は枯葉を Cmでやっていました。あと何曲か演奏しました。素晴らしかったです。



<ベーシストの譜読みの成果は?ON寺>

 ビッグバンドで演奏する人は譜面が読めなければなりません。しかもジャズはクラシックとは違います。これが結構難しいのです。そこで譜読みというのをやります。

  「ウダッ、ダーダッ、ウビウバ……」

このような感じでしょうか。これは個人でやればいいのですが、ニューオレでは夏合宿に1年生の譜読みテストというのがありました……まあ多少1年生いじめも含まれていますが。

 部屋に4年生だけが集まり、1年生を1人ずつ呼んで譜読みをしてもらいます。

  「ウダッ、ダーダッ、ウビウバ……」

上手く出来れば誉め、間違っている所は指摘します。変なヤツは笑います。

 これをリズム隊もやるのですが、その中でベース……基本的にベースはラインを弾いてるので、譜面を見てもラインが書いてあるか休みになっている所が大部分です。

 1年生のベースのON寺くん、4年生に呼ばれて部屋に入ります。ベースの譜面を持って、

  「あの~、これですねぇ~……」

ん?どうした?

  「こういう風にしか
   書いてないんですけど。」

そうだよね。ベースだから。

  「こう書いてあるからやります。」

ん?

  「ダグダグダグダグ……」

……何ぢゃ、あんたは?!それが譜読みの練習の成果かい?

  「ダグダグダグダグ……」

4年生がみんな笑いブッ転げているのに、彼1人とても真剣。

  「ダグダグダグダグ……」

これ以上笑うと死んでしまう!頼むからやめてくれ!

 やめた後も4年生が何で笑っているのか不思議そうな顔をしていました。これは大爆笑でした。いや~、彼はホントに困ったんでしょうね。



<飲んで人格が変わった後輩、O澤>

 最終日前日の夜。

  初めて

の酒です。いや~、やっと飲めます。しかも1年生には飲ませていいらしい。1年生にかぁ。でも私はニューオレはこの年からトラで入ったので、過去に痛い目に会ったわけではないし、それどころか、私の合宿代はあなたたちが払ってくれているのです。私としては楽しく飲めればいいです。

 飲み会開始です。予想どおり、1年生たちは先輩たちに飲まされています。

 しばらくして1年生のテナーのO澤くんが寝ます。何だよ、もうダウンか。まあいい。他の人たちと飲みます。

 またしばらくしてO澤くんが起きます。すると……何だか顔が違います。もの凄い形相をしています。鬼です。

  「ナニィ~」

何かとてもおっかないです。

  「ナンダァ、キサマ~」

先輩に向かってとんでもない事を言っています。これはいったい何だ?

  「オラー!ナンダヨ!」

何だこれは?どうしたんだ彼は?……そうだ!話は少し聞いていました。彼は一度寝るとヤバいというのを。この年の花見で発覚したらしい。こうなってしまったら誰も手を付けられないとか。あまりにおっかないので彼には飲ませるなという話もあった……そうか、それがこれなのか。こんな人種は見た事がない……珍しいもの見たさで彼の側に寄ってみます。そして話しかけると、

  「ナーンダヨ!」

おっ、おっかねぇ~。確かに手が付けられん。すると1年生の女の子に、

  「ジミーさん!離れてください!」
  「危ないですよ!」

強引に引きずられてしまいます。何だ?離れろとか危ないとか。野獣か?

 しかししばらくすると、いつのまにか元に戻っていました。彼にはこの部分の記憶は無いそうです。いるんですねぇ。こんなに変わってしまう人って(^^)


1987年8月13日(木)~20日(木)
1987年8月16日(日)

☆理科大ジャズ研の夏合宿
☆山野ビッグバンドコンテスト
「重なる」

 理科大ジャズ研の夏合宿の期間と山野ビッグバンドコンテストの日が重なってしまいました。合宿は新潟県の石打スキー場、山野は東京です。ううぅ、困った。

 山野の前日は最後の練習がありますが、さすがにこれには参加しないとマズいです。練習は昼。という事は新潟を朝一番で出なければなりません。朝6時前に起きて石打の駅に送ってもらって電車で行きました。

 山野ビッグバンドコンテストは学バン界では恒例の行事で、全国から40以上の学生ビッグバンドが出場します。この年、私は初めて山野で演奏しました。場所は千駄ヶ谷の日本青年館大ホール。キャパ1300人。こんな大きな所で演奏するのは初めてでした。

 演奏曲は、

1. Flying Home
2. Nature Boy
3. Airegin

の3曲。ニューハードの山木幸三郎さんのオリジナルアレンジです。

 この年ニューオレは第5位、そして私の同期のテナーのOやじがソリスト賞を取りました。テナーソロをフィーチュアした曲は「Nature Boy」でした。

 コンテストが終わってすぐ、私は電車に乗って新潟へ戻りました。みんなが打ち上げをやっている頃、私は電車の中。いやはや、大変でした。


1987年8月22日(土)
☆神楽坂「タゴール」オープン
「法政ニューオレ コンボ」
おやじ(ts) 河野(tb) じみた(p) 池上(b) 4Q(ds)

 神楽坂の店「タゴール」がオープン。法政ニューオレにオープン記念演奏の依頼が来て、ニューオレでコンボを組み、演奏をしました。


1987年8月30日(日)
☆六大学ビッグバンドコンサート
「300人の打ち上げはどうする?」

 六大学ビッグバンド連盟の合同コンサートです。場所は五反田の簡易保険ホールでした。ここはリハ室のピアノもスタインウェイのアップライトという豪華な設備でした。

 このコンサートは6大学7バンドのビッグバンド総勢が集まりますから、規模がとても大きいです。

 内容はというと、ほとんどお祭りです。ニューオレの服装はオレンジ色のハッピ姿で統一。明治BSは男も化粧だらけで奇怪な衣装でステージに上がっていました。

 コンサートの最後にピックアップバンドというのがありました。全バンドから上手い人たちを集めたバンドです。私はこの年に入部したばかりですし、他にピアノの人がいたのでやりませんでした。他には2人いて、中央大スイングクリスタルの岡田くんと慶応ライトの石倉くん。この練習の時に初めて会いました。2人とも上手かったです。

 他によく覚えている人では、前年にドラマーながらソリスト賞を取ったという中央大スイングクリスタルでドラムの坂田くん(メッチャ上手かった)、明治大ビッグサウンズでベースの磯部英貴くん、本当はダンモでしたが早稲田ハイソでも叩いていたドラムの中原康仁くん、慶応ライトでテナーの熊谷卓くん、トランペット隊の、早稲田ハイソの小林くんと馬場くん、日大リズムの浦谷くんと窪田くん、慶応KMPの福田くんの5人、他にも上手い人たちばかりでしたねぇ。

 で、このイベントで一番大変なのは打ち上げです。場所が五反田だったので、渋谷に移動して打ち上げです。

 何せビッグバンドの総勢は300人ぐらいいますから、一ヶ所では当然無理です。いくつかに分散するのですが、それでもそんな大人数では2時間限定とかになっていまいます。時間が来るとその集団が次の場所を探してうろうろし始めます。そうすると別の集団に遭遇。

  「おう、店がないよ。」
  「あの店は?」
  「行った。空いてないよ。」

何だか渋谷中が学バンだらけという感じです。

 また飲み会自体も酷いものです。この日、私がいた集団の二次会は居酒屋「酔い所」(よいしょ)。渋谷センター街で踏み切りが鳴っている有名な店です。その集団は3大学ぐらいいたと思います。

 地下1階の座敷とそこから1.5mぐらいの段差がある地下の中2階のような座敷を全部貸し切りました。これは大変です。みんな大学生ですから何が起こるかわかりません。

 私は上のほうにいました。下のほうはやけにうるさいです。

 突然、鯛の食い散らかした後の骨が、私の横の人の頭の上に……どうも下から飛んできたらしい。

  「をう?……」
  「何だよこれは!」
  「誰だよ!クッソー!!!」

誰だかわからないのに下へ放り投げます。知らん顔で飲んでいると再び鯛の骨が……

  「クッッッソー!!!」

もう上下で食い物が飛び交ってます。

 まあこのような感じでした。別に喧嘩しているわけではありません。飲んでいるとこれが楽しいのです。

 年1回の大規模なイベントなので、だいたい朝まで打ち上げでした。


1987年9月26日(土)
<新橋 場所?>
「高本さん 結婚式二次会」
(理科大ジャズ研OB)
Eve(tp) 苅田(ts) じみた(p)φ(フェイ)(b) まなぶ(ds)

 理科大ジャズ研OBのピアノの高本さんの結婚式二次会の演奏をしました。場所は新橋でした。


1987年10月4日(日)
<狭山市 農協祭り>
「法政ニューオレ」

 法政ニューオレで狭山市の農協祭りの演奏を行ないました。結構大規模なお祭りでした。

 祭りのイベントで腕相撲大会がありました。レギュラーバンドの人は忙しいのでイベントには参加しませんが、ジュニアバンドの人は演奏がない分、暇です。1年生の女の子のトランペットでゴンちゃんって呼ばれていた子が、いつのまにかこれに出て……しかも優勝してしまい……あんた何しに来たんぢゃ?まあでも賞を取る事は良い事です。

 しかし女の子でゴンって名前……小学校の時に学校の教室で見ていた「ノッポさん」の横にいた茶色のあれです。あれに似ていたので誰かが付けた……


1987年10月10日(土)
<世田谷 場所?>
「ミス世田谷コンテスト」
「世田谷ビッグバンド」

 世田谷ビッグバンド(正式名称?)の仕事にトラで参加し、ミス世田谷コンテストでバックの演奏を行いました。

 法政ニューオレや六大学ビッグバンド連盟内で世田谷ビッグバンドに参加している人たちがいて、話を聞くと、当時の世田谷ビッグバンドのピアノの人はビッグバンドは弾けるがコンボは弾けなかったようで、この仕事ではどうしてもコンボで演奏しなければならない曲が多数あるというので私に声がかかりました。

 司会は俳優の川津祐介さんでした。内容はミスコンです。しかしなぜか水着審査は無かった。何でぢゃい!(^^)

 関係ないですが、この日は私の誕生日でした。


1987年10月12日(月)
☆木場で三大ジョイントの練習
※日大は練習場も多い

 この後にある三大ジョイントコンサートの練習で、日本大学の木場の練習場へ行きました。さすが日大、練習場も多いです。


1987年10月15日(木)
☆中央大スイングクリスタルの練習を観に行く

 中央大学スイングクリスタルオーケストラの練習を何人かで観に行きました。場所は京王線の多摩動物公園。うちから遠かったです。


1987年10月27日(火)~12月20日(日)
☆忙しかった2ヶ月

 忙しい2ヶ月でした。忙しかった思い出を残しておきます。

10/27(火) 練習 桜新町 蓑下セッション 18時50分
10/28(水)  
10/29(木) 練習 ニューオレ 18時~
練習 新宿Doing ザ・笑点 20~22時
10/30(金) 練習 ニューオレ 18時~
10/31(土) 三大ジョイントコンサート 池袋サンシャイン
11/01(日) 練習 新宿Doing じみたⅣ 18~21時
11/02(月)  
11/03(火) 理科大ジャズ研 コンサート 六本木ピットイン
11/04(水) 練習 吉祥寺 音楽観 東女バンド 14~16時 
11/05(木)  
11/06(金) 練習 渋谷Let's 東女バンド(シンセのみ) 19時半~21時 
11/07(土) 練習 吉祥寺 分家 東女バンド 10~12時 
11/08(日) 練習 吉祥寺 音楽観 東女バンド 10~12時
練習 五反田 Studio Pal 戸井バンド 18~20時
11/09(月) 練習 吉祥寺 音楽観 東女バンド 19~21時
11/10(火)  (ニューオレ合宿期間)
11/11(水) 練習 吉祥寺 音楽観 東女バンド 20~22時
 (ニューオレ合宿期間)
11/12(木) ニューオレ合宿
11/13(金) ニューオレ合宿
11/14(土) ニューオレ合宿
エレピ運搬 15時~
11/15(日) 東女学祭 12時30分集合
 (ニューオレ合宿期間)
11/16(月) 練習 ニューオレ 18時~
11/17(火) 練習 ニューオレ 18時~
11/18(水) 練習 ニューオレ 18時~
11/19(木) 練習 新宿Doing じみたⅣ 19~22時
練習 ニューオレ 18時~
11/20(金) 理大祭
11/21(土) 理大祭
11/22(日) 理大祭
法大祭 ステージ 13時30分~14時10分
理大祭 フェス
11/23(月) 理大祭
11/24(火) リハトラ 増上寺 13時~
11/25(水) 練習 ニューオレ 18時~
11/26(木) 練習 ニューオレ 20時~
11/27(金) 練習 ニューオレ 15時~
11/28(土) 練習 ニューオレ 11時~
ライブ鑑賞 日大リズム リサイタル
11/29(日) ニューオレ リサイタル 有楽町読売ホール 11時集合
打ち上げ 21時~
11/30(月) 打ち上げ 18時~ 下北沢 東女バンド
12/01(火) 仕事 ニューオレ 千葉港ニューツカモト 16時~20時20分
12/02(水)  
12/03(木)  
12/04(金) 練習 ニューオレ 18時~
12/05(土) 理科大ジャズ研 バンド会議 13時~
打ち上げ 18:00~ 水道橋 駒安 理大祭「あけみ」
12/06(日)  
12/07(月)  
12/08(火)  
12/09(水) 練習 ニューオレ 18時~
12/10(木) ライブ鑑賞 東女クリスマスコンサート 渋谷エピキュラス
12/11(金) 練習 ニューオレ 18時~
12/12(土) 仕事 ニューオレ 横浜 重慶飯店 15時~
12/13(日) 仕事 ニューオレ 森林公園 14時~
12/14(月)  
12/15(火) 仕事 ニューオレ 乃木坂 健保会館ハートイン 17時~
12/16(水)  
12/17(木)  
12/18(金)  
12/19(土) ニューオレ 譜面整理
12/20(日) 忘年会 飯田橋にへい ニューオレ

 いったい、いつ大学のお勉強をしていたのでしょうか?(^^)。この年、私は大学4年目ですが3年生でした。理科大で留年するのが一番多いのは3年生から4年生になる時ですが、私はちゃんと4年生になれました。不思議だ(^^)


1987年10月31日(土)
☆三大ジョイントコンサート
<池袋 サンシャイン噴水広場>

 六大学ビッグバンド連盟の中の3つ、法政ニューオレ、日大リズム、中央スイングクリスタルでの合同コンサート、三大ジョイントコンサートがありました。場所は池袋サンシャインシティーの噴水広場でした。


1987年11月3日(火)
☆理科大ジャズ研のコンサート
<六本木 ピットイン>
「じみたⅣ」
じみた(p) 浅田(b) まなぶ(ds)
「ザ・"笑点"」
松本(as) じみた(p) 健太郎(g) 初田(eb) Roa子(ds)

 理科大ジャズ研のコンサートです。4回目です。会場は前年に続き、六本木ピットインでした。

 「じみたⅣ」の演奏曲目は次でした。

1. Elvin (Sir) Jones (McCoy Tyner)
2. Beatrice (Sam Rivers)
3. Recado Bossa Nova
4. オリジナル [F Rocka Ballad]
5. Laying Low (Jimmy Smith)

 「ザ・”笑点”」のほうは、前年度の私のバンド「じみたⅢ」と同じメンバーでした。フュージョンバンドで、デイヴィッド・サンボーンの「Hide Away」などを演奏しました。しかし何で笑点なのでしょうか?当時のコンサートのパンフレットからです。「バンマスは練習が終わってから家へ帰って笑点を見るのがとっても好きなのであった。」……私も好きですが(^^)


1987年11月
☆早稲田祭に板橋文夫が現る
「板橋文夫 セッション」
峰厚介(ts) 板橋文夫(p) 井野信義(b) 角田健(ds)

 この年、早稲田祭のダンモを観に行ったのですが、その日の最後に板さんのセッションバンドが演奏する事になっていました。何とこれはラッキー。観るしかないです。という事でダンモで板さん観賞です。

 板さん、ステージに上がって挨拶をするのですが、相変わらずのしゃべりで、

  「ああ、ほんじつはどーぼ
   ありがとうございばす。」
  「今日は大学だので安い
   ギャラで来てばすので、」
  「びんなライブに来てください。」

会場内大爆笑でした。

 ピアノはアップライトでした。楽器が揺れる揺れる……


1987年11月12日(木)~14日(土)
☆法政ニューオレのリサイタル合宿
「青年の家での合宿はどうなる?」

 法政ニューオレのリサイタル合宿です。場所は埼玉県入間市の「入間青年の家」でした。この直後のリサイタルに向け、この時期に合宿を行ないます。この合宿の期間中、私は東京女子大学の学祭に出る事が決まっていて、重なってしまったため、6日間中3日間しか参加出来ませんでした。

 さて、場所は「入間青年の家」、そう、「青年の家」です。理科大ジャズ研のダラダラ合宿に鍛えられた私としては……名前からしてダウンです。子どもの頃に「青年の家」へ行って何をしたか?う~ん、とてもジャズ屋の合宿とは思えない。ニューオレの夏合宿で多少慣れたとはいえ、これは大変そうです。

 合宿へ参加する日の夕方。他の人たちはすでに合宿場にいます。私は西武線の仏子の駅へ行き、後輩に合宿場まで車で連れて行ってもらいます。夕食を済ませ、早速練習です。

 練習が終了。今日の練習は終わりです。お疲れ様でした。もちろん私は、

  酒

酒……さけ……「青年の家」にそんな言葉はありません。異国です。

  「サーケ」
  「サケー」

どう発音しても言葉が通じません。それに翌日はどうせ変な体操のために朝早く起こされるはず。もういい……さっさと寝ます。

 2日目です。朝6時、

  「ジミーさん、起きてください。」

1年生に叩き起こされます。はいはい、わかりました。これから夏合宿の時にやった「1年生オリジナル体操」の時間でしょ。

 外へ出ます。知らない人たちもいます……そうか、「青年の家」だからニューオレの人たちだけじゃないんだ……勝手に整列させられます。

  「国旗掲揚!」

あの~、私、ダラダラジャズ屋なんですけど……

  「き~み~が~よ~……」

仕方ありません。周りに合わせます。そして「朝のつどい」終了。……まったくぅ……何でビッグバンドの練習に国旗掲揚が必要なんぢゃ?

 朝メシです。朝メシが終わると練習。練習が終わると昼メシ。昼メシが終わると練習……そう、練習だけです。

 夕方、練習が終わりました。でも少し時間が早い。嫌な予感が……

  「外へ集合してください。」

はいはい。わかりました。やればいいんでしょ。

  「国旗降納!」

周りに合わせます。そして「夕方のつどい」終了。……だから何で練習に国旗が必要なんぢゃ?……ん?降ろしたからいいのか……ダメ。

 その後、少しバレーボールの時間があって、夕メシです。

 夕メシが終わると練習。……国旗は降納したのに練習は降納しないらしい……

 そして練習が終わりました。今日も1日お疲れ様でした。……んー、やっぱり何か物足りない……さ、さっ……

  禁句

寝りゃいいんでしょ、寝りゃ……寝ます。

 3日目です。同じです。国旗掲揚して、朝メシ食います。そして練習。昼メシ。練習。

 その練習の途中、私1人だけ抜けて帰りました。


1987年11月15日(日)
☆東京女子大の学祭に出演
「大亦ゆみ子 グループ」
大亦ゆみ子(vo) 田中邦和(ts) じみた(ep, key) Payapa(key) 牧野真弓(ep, key) 松永恒雄(g) 浜口英雄(eb) 北原美由紀(ds, cho) 牛島由美子(ds, fl, cho)
※初共演:田中邦和(ts)
※東大ジャズ研で高校の後輩でもあった田中邦和くんに会う

 東京女子大学のサークルのバンドに参加、東女の学祭に出演しました。

 理科大ジャズ研後輩で1つ下のピアノのPayapaは大学が東女で、東女のサークルにも入っていて、そのバンドに誘われました。演奏曲目は、

1. Jumping Jack Flash (The Rolling Stones)
2. Why Can't I Be You (The Cure)
3. Mystery (Anita Baker)
4. Ordinary Day (Curiosity Killed The Cat)
5. Jimmy Lee (Aretha Franklin)

 何と、全くジャズではありません(^^)。今の私からだと信じられないでしょうが(^^)

 私は白衣を着て出演しました。理系という事で。

 このバンドでテナーの田中邦和くんと知り合いました。この時、彼は東大のジャズ研で2年生でした。

 ところが何と、高校の後輩、それも1つ下の後輩だったのです。いや~、やっぱり嬉しかったですねぇ(^^)


1987年11月20日(金)~23日(月)
☆理科大ジャズ研の学祭「あけみ」
理大祭「あけみ」
「じみたⅣ」
じみた(p) 浅田(b) まなぶ(ds)
「ザ・"笑点"」
松本(as) じみた(p) 健太郎(g) 初田(eb) Roa子(ds)

 理科大の学祭、理大祭「あけみ」です。4回目です。バンドはコンサートと同じです。


1987年11月24日(火)
☆丸山繁雄 酔狂座オーケストラのリハトラ
<増上寺>

 丸山繁雄酔狂座オーケストラのリハーサルでピアノの米田正義さんが来れないというので私がやりました。場所は東京タワーの横にある増上寺でした。翌日、このバンドが増上寺でコンサートを行なうとの事でした。メンバーには、グズラさんこと望月英明(b)さん、楠本卓司(ds)さんなどがいました。

 ピアノはヤマハの象牙の鍵盤のグランドピアノが置いてありました。これは値段が高いでしょうねぇ。


1987年11月29日(日)
☆法政ニューオレのリサイタル
<有楽町 読売ホール>

 法政ニューオレのリサイタルです。場所は有楽町の読売ホールでした。ジャズ研はライブハウスでしたが、ビッグバンドは大きなホールでやるんですね。

 演奏は問題なく進み、最後の曲「Sing Sing Sing」を演奏して終了。アンコールが来て「I Can't Stop Loviin' You」を演奏。途中、管の人は全員ステージの前へ出て来ます。そしてステージの一番前で横へ一列に並び、演奏が終了。幕が降りて、リサイタルは無事終了しました。

 これで、私のニューオレのトラ1年目は、いくつかの仕事を残して、実質終了です。


1987年11月30日(月)
☆東女バンドの打ち上げ

 半月前に東京女子大学の学祭に出演したバンドで打ち上げを行ないました。場所は下北沢の居酒屋でした。テナーの田中邦和くんは参加しませんでした。

 やはり、女の子の飲み会になりますねぇ。酒の量は多くないですが、朝まで店にいます。ほとんどの人は途中でテーブルの上で寝てしまいましたが。何たって東女ですからねぇ、私としてはもうちっとお話したい所なのですが……寝てしまっては仕方ないっす(^^)


1987年12月1日(火)
<千葉港 ホテルニューツカモト>
「法政ニューオレ」

 法政ニューオレの仕事で、京葉線千葉港のホテルニューツカモトで演奏を行ないました。遠かったですね。


1987年12月10日(木)
☆東女サークルのクリスマスコンサートを観に行く
<渋谷 エピキュラス>

 東京女子大学のサークルのクリスマスコンサートがあるというので観に行きました。場所は渋谷のエピキュラスでした。東女の子ばっかりです。女の子ばっかりです……当たり前です(^^)


1987年12月12日(土)
<横浜中華街 重慶飯店>
「病院の忘年会」
「法政ニューオレ」
※大変だった演歌のバック演奏

 法政ニューオレの仕事で、ある病院の忘年会がありました。場所は横浜中華街の「重慶飯店」、2つの店舗を持つ中華街の中でも大きな店です。

 この仕事は通常のバンド演奏だけでなく、忘年会の参加者が演歌を歌うというので、コンボでそのバック演奏をしなければなりませんでした。ところが日が近くなっても資料が来ず……

 仕事の3日前。まだ曲目や譜面やテープなどは何も来ません。これでは何も出来ません。仕事は3日後です。ジャズではなく演歌です。どうなるのでしょう?

 2日前です。今日も何も来ませんでした。仕事は2日後。いったいどうなるのでしょう?

 ついに前日です。夕方、ニューオレの練習へ行きます。そしてマネージャーに聞くと……ようやく来ました。しかし来たのは曲目とテープだけだと。譜面は無いとの事。ニューオレの練習が終わるのは夜21時です。

 練習が終わりました。曲のリストを見てみます。

  「男と女のラブゲーム」
  「花街の母」
  「無錫旅情」
  「雪国」
  「よせばいいのに」
  「つぐない」
  「想い出の渚」
  「昔の名前で出ています」
  「有楽町で逢いましょう」
  「夕やけ雲」

ウカーッ!!ド演歌ですわ!それに「無錫旅情」って何?そんな曲名は聞いた事がない……いや、それよりも、譜面が無いやんか!譜面はどうする!仕事は明日だぞ!

  「すいません。」
  「ジミーさん、お願いします。」

……わしか、やっぱりわしか。わしが耳コピするしかないのね……はいはい、わかりました。

 2つ下の後輩のマネージャーもヤバいと思ったようで、うちへ来て何か手伝う事になりました。そしてうちで、私は耳コピ開始。1曲終了。私は2曲目を耳コピ開始。その間マネージャは1曲めの他の人の分の譜面を作成……こうして流れ作業を進めますが、10曲ですからかなり時間がかかります。

 朝、ようやく終了。何とか全員分の譜面を作りました。しかしもう朝です。寝る時間があまりない。あぁーもぅー……マネージャーが、

  「もしジミーさんがいなかったら
   この仕事、飛んでます。」

普通じゃ嬉しいが、今、その言葉を言ってくれても……それより早く寝よう。

 マネージャーは一番先に現場へ行かなければならないので、私より先に起きて出ます。彼はほとんど寝ていないに等しいです。私はリハに間に合えば良いので、もう少し寝れます。そして起きて行きますが、激ねむ。

 着くと、おおよそ楽器のセッティングが済んだ状態。ちょうど良かったらしい。そして演歌のリハ開始……あんたたちは昨日たっぷり寝たんでしょ。全くこっちの苦労も知らずに……楽なもんだよなぁ……リハが終了。

 そして本番の演歌の時間。まあ何とか進んでいきます……この仕事、すべて歌詞は2番までで良いという事になっていて、2番で終わるように譜面を書きました……ある人が歌い始め、2番まで歌い、予定どおりバックは終了。すると、

  「あれ?3番は?」

うっ、まずい……すると、参加者たちが、

  「まあまあ。」
  「オメーはそれでいいんだよ。」

ほーっ、良かった。……これにはヒヤッとしました。

 まあ、何とか無事に終わりました。


1987年12月13日(日)
<森林公園 ホテル>
「法政ニューオレ コンボ」
おやじ(ts) 河野(tb) じみた(p) 安ヵ川(b) 4Q(ds)
※初めてのウッドベースの安ヵ川くん
※白いグランドピアノ

 法政ニューオレに来た仕事です。埼玉県の森林公園付近のホテルでのクリスマスパーティでした。



<初めてのウッドベースの安ヵ川くん>

 この日はニューオレのベースの池上くんが出来なかったため、明治BSの安ヵ川くんになりました。彼はこの年は日大リズムでエレベーを弾いていたので、私はエレベーの人だと思っていました。

 この打ち合わせの日、彼はウッドベースを担いでニューオレの練習場にやって来ました。

  「あれ?ウッドじゃん。」

安ヵ川くん、

  「ほんとはウッドなんですけどね。」

ふ~ん、そうだったの。彼のウッドは聴いた事がない。ちゃんと弾けんのかな?まあいいや、とりあえずピアノトリオで1曲だけ。……やってみるとちゃんと弾ける。

  「なんだ、ウッドも弾けるんじゃん。」

安心しました。もう時間も遅いし、今日は終わり。

  「あ……もう終わりですか?」

彼はちょっと物足りないように見えたけど……いいです、終了。

 彼は2年生、他のみんなは4年生です。せっかく他の大学の先輩たちと、しかもコンボでリハが出来ると、わざわざ自分の楽器まで担いで張り切って来たのに、1曲だけトリオでやって終了とは……まあ先輩たちに文句は言えませんからねぇ。この日はこれで終わりました。

 当日、演奏は無事終了しました。

  「結構いいじゃん。」

 これ以降、何か仕事やイベントがあると必ず彼を誘うようになりました。彼も私を誘ってくれました。彼は後に理科大のジャズ研にも入りました。

 この頃、ホント彼とよく一緒に演奏したり飲んだりしました。



<白いグランドピアノ>

 当日、演奏会場に行くとピアノが白いグランドピアノでした。演奏場所で白いグランドピアノが置いてある所はめったにありません。

 みんなで言っています。

  「すげーじゃん。」
  「カッコイイー。」

そうかなぁ?ピアノ自体はそうだけど、弾くのはあたしでっせ。うーん、これを弾くのか……

 まあどうせ弾くなら思いっ切りやりましょう。

  「じみたと白いグランドピアノ」

おしゃれ~!!……っちゅうか変だぞ。


1987年12月15日(火)
<乃木坂 健保会館>
「法政ニューオレ コンボ」
おやじ(ts) 河野(tb) じみた(p) 池上(b) 4Q(ds)
 
 法政ニューオレの仕事です。乃木坂の健保会館ハートイン乃木坂でのクリスマスパーティの演奏でした。

 確か、パーティの係の女性の人たちは和服を着ていたと思います。ジャズと和服……これも良いものです。


1987年12月19日(土)
☆法政ニューオレの譜面整理

 法政ニューオレの譜面整理です。ビッグバンドですから譜面はちゃんと管理しないと大変な事になってしまいます。譜面整理だけで丸1日必要なのです。御苦労様です。


1987年1月15日(金)
<取手 場所?>
「法政ニューオレ」

 法政ニューオレの仕事です。千葉県取手での演奏でした。確か3つ下の後輩のピアノの服部が持って来た仕事だったと思います。彼、取手に住んでましたからね。


1988年2月20日(土)~3月8日(火)
☆天童自動車学校 合宿免許
「音楽レスの18日間」
「その結果は」

 自動車の免許を取りに山形県天童市の天童自動車学校の合宿免許へ行きました。天童市は将棋の駒で有名な所です。

 免許取得自体は何も問題ありませんでした。最初の予定どおり18日間で卒業出来ました。ただこの時期だし山形なので雪です。いきなり雪の中で教習で結構大変でした。あと教官たちが山形弁で、言葉がたまにわからなかったです。

 しかし、いるんですねえ、合宿免許だというのに酒盛りでバカになってるやつ。こういう連中は必ず期間延長になります。私は同じ日に入った十数人の人たちの中で一番年上だったので班長をやらされました。何となく班が2つのグループに分かれてしまい、私のほうでないグループはことごとく試験に落ちました。最初の予定どおりに卒業できたのは半分以下で、その人たちでさっさと帰りました。私がいた班は特に酷かったようで、私の後に入った班の班長の女の子が「あなたの班は大変ですねぇ」と言っていました。まあ班長といっでも特に何かするわけではありませんでしたけど。合宿免許ぐらい真面目にやってほしいものです。

 ところで、私はこの合宿には一切の音楽道具は持って行きませんでした。全く音楽から離れた18日間でした。なので鍵盤に関しては下手になる事はあっても上手くなる事はないはずです。そしてこの後すぐ、理科大ジャズ研の春合宿がありました。

 だいぶ後になって、理科大の大先輩から言われました。

  「じみたはあの春合宿から
   少し良くなった。」

音楽で悩んでいる時は、逆に全く音楽から離れてみるのも良いかもしれません。私の場合も理由はわかりません。良い部分が抜けていったかもしれませんが、悪い部分も抜けていったのかもしれません。

 この言葉は理科大ジャズ研大先輩の村山先生(村山秀樹)のお言葉です。村山先生はジャズを知り尽くしていて、チャーリー・パーカー研究では日本でNo.1です。自身もベースを演奏され、同年代の学バン出身のプロミュージシャンで「ベースの村山」の名を知らない人はいませんし、村山先生がプロにならなかったのは世界の不思議とも聞きました。ジャズ研OBの中でも特に音楽に厳しかった村山先生に言われ、私はとても励まされました。




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