入院 2001/7/9〜2002/3/30

退院の理由

 2002年3月30日退院しました。しかし実はあまり状態がよくありません。本当は今程度の炎症があるから入院するのであって、私の場合は、
     「手術適応程度のひどい状態から今程度になったので退院」
なのです。退院の理由は炎症がなくなったからではなく、おおよそ次の理由からです。

1.3月の現状では病院にいても食事して薬を飲んで寝てるだけである。点滴もない。
2.毎週週末外泊(自宅)をしている。
3.10月から11月にかけておこなった白血球除去療法が退院して3ヶ月たたないとできない。
  (厚生労働省で決められているらしい)


入院中の経過

月日 検査・治療 プレドニン 点滴 蓄尿 食事 備考
7/9(月) 30mg 低残渣食(全粥) 入院。手術決定。最低約8ヶ月の入院が必要と聞かされる。
7/10(火) 低残渣食(全粥)
7/11(水) ACTH筋注 低残渣食(全粥)
7/12(木) IVH開始 夕〜なし 点滴のカテーテルが右鎖骨下に入らず、首の右側から入れられる。
7/13(金) なし
7/14(土) カテーテル入れ直し なし 点滴のカテーテルの向きを直す。しかし途中で抜けてしまい、右脚の付け根に入れられる。
7/15(日) なし
7/16(月) 25mg なし 免疫抑制剤開始。
7/17(火) なし
7/18(水) ACTH筋注 なし
7/19(木) なし
7/20(金) なし
7/21(土) なし
7/22(日) なし
7/23(月) 20mg なし
7/24(火) なし
7/25(水) ACTH筋注 なし
7/26(木) なし
7/27(金) なし
7/28(土) 大腸カメラ なし 炎症がかなり改善されている。手術はしなくていいかも。
7/29(日) なし
7/30(月) 15mg なし
7/31(火) なし
8/1(水) ACTH筋注 なし
8/2(木) なし
8/3(金) なし
8/4(土) なし
8/5(日) なし
8/6(月) 10mg なし
8/7(火) なし
8/8(水) なし
8/9(木) なし
8/10(金) なし
8/11(土) 大腸カメラ 昼〜流動食 炎症が改善。手術はなくなる。食事が開始。
8/12(日) 流動食
8/13(月) 5mg 流動食
8/14(火) 流動食
8/15(水) 朝〜3分粥 点滴のカテーテルの状態が悪いのではずし腕からになる。
8/16(木) 3分粥
8/17(金) 3分粥
8/18(土) 朝〜5分粥 点滴が24時間でなくなる。午前9時ごろと午後4時ごろの2回で2時間ぐらい。毎回抜き差し。
8/19(日) 5分粥
8/20(月) なし 5分粥
8/21(火) 夕〜7分粥軟菜食
8/22(水) 7分粥軟菜食
8/23(木) 7分粥軟菜食
8/24(金) 朝〜軟菜食(全粥)
8/25(土) 軟菜食(全粥)
8/26(日) 軟菜食(全粥)
8/27(月) 軟菜食(全粥)
8/28(火) 軟菜食(全粥)
8/29(水) 軟菜食(全粥)
8/30(木) 軟菜食(全粥)
8/31(金) 軟菜食(全粥)
9/1(土) 大腸カメラ 30mg 朝〜なし 出血のため前処置をせず急遽大腸カメラを行う。食事もなくなる。点滴も24時間になる。
9/2(日) なし 腕からの点滴が1日もたない。ほぼ毎日抜き差し。
9/3(月) なし
9/4(火) なし
9/5(水) なし
9/6(木) なし
9/7(金) なし
9/8(土) カテーテル挿入 なし 腕からでは栄養が行き渡らないないので右鎖骨下からカテーテルを入れられる。
9/9(日) なし
9/10(月) なし
9/11(火) なし
9/12(水) なし
9/13(木) なし
9/14(金) なし
9/15(土) なし 出血がなくなる。
9/16(日) なし
9/17(月) なし
9/18(火) なし
9/19(水) なし
9/20(木) なし
9/21(金) なし
9/22(土) なし
9/23(日) なし
9/24(月) なし
9/25(火) なし
9/26(水) なし
9/27(木) なし
9/28(金) なし
9/29(土) 大腸カメラ なし 改善。
9/30(日) なし
10/1(月) なし
10/2(火) なし
10/3(水) なし
10/4(木) なし
10/5(金) なし
10/6(土) なし
10/7(日) なし
10/8(月) なし
10/9(火) なし
10/10(水) なし
10/11(木) なし
10/12(金) なし
10/13(土) 大腸カメラ なし 改善。
10/14(日) なし
10/15(月) なし
10/16(火) なし
10/17(水) なし
10/18(木) なし
10/19(金) なし
10/20(土) なし
10/21(日) なし
10/22(月) なし
10/23(火) なし
10/24(水) なし
10/25(木) なし
10/26(金) なし
10/27(土) 大腸カメラ なし 少し状態が悪くなる。白血球除去療法を行うことになる。
10/28(日) なし
10/29(月) なし
10/30(火) なし
10/31(水) 白血球除去 なし 白血球除去療法1クール目開始。針の片方は左腕、片方は左脚付け根から。脚のほうがうまく入らず右脚7回、左脚2回刺された。
11/1(木) なし
11/2(金) なし
11/3(土) なし
11/4(日) なし
11/5(月) カテーテル入れ替え なし 毎回白血球除去のため刺すのはたいへんなので鎖骨のカテーテルを2通路使える太いものに入れ替え。3日間ぐらい痛い。寝返りができない。
11/6(火) なし
11/7(水) 白血球除去 なし
11/8(木) なし
11/9(金) なし
11/10(土) なし
11/11(日) なし
11/12月) なし
11/13火) なし
11/14(水) 白血球除去 なし
11/15(木) なし
11/16(金) なし
11/17(土) なし
11/18(日) なし
11/19(月) なし
11/20(火) なし
11/21(水) なし
11/22(木) 白血球除去 なし
11/23(金) なし
11/24(土) なし
11/25(日) なし
11/26(月) なし
11/27(火) なし
11/28(水) 白血球除去 なし 白血球除去療法1クール目終了。
11/29(木) なし
11/30(金) 大腸カメラ 昼〜流動食 炎症はよくなるがこのまま白血球除去療法を続けることになる。3ヶ月ぶりの食事。
12/1(土) 流動食
12/2(日) 流動食
12/3(月) 昼〜3分粥
12/4(火) 3分粥
12/5(水) 白血球除去 3分粥 白血球除去療法2クール目開始。
12/6(木) 3分粥
12/7(金) 朝〜5分粥
12/8(土) 5分粥
12/9(日) 5分粥
12/10(月) 昼〜7分粥軟菜食
12/11(火) 7分粥軟菜食
12/12(水) 7分粥軟菜食
12/13(木) 白血球除去 昼〜軟菜食(全粥)
12/14(金) 大腸カメラ 軟菜食(全粥) 改善。
12/15(土) 軟菜食(全粥)
12/16(日) 軟菜食(全粥)
12/17(月) 軟菜食(全粥)
12/18(火) 軟菜食(全粥)
12/19(水) 白血球除去 25mg 軟菜食(全粥)
12/20(木) 軟菜食(全粥)
12/21(金) 軟菜食(全粥)
12/22(土) 軟菜食(全粥)
12/23(日) 軟菜食(全粥)
12/24(月) 軟菜食(全粥)
12/25(火) 軟菜食(全粥)
12/26(水) 白血球除去 軟菜食(全粥)
12/27(木) 軟菜食(全粥)
12/28(金) 軟菜食(全粥) 点滴が24時間でなくなる。
12/29(土) 軟菜食(全粥)
12/30(日) 軟菜食(全粥)
12/31(月) 白血球除去 軟菜食(全粥) 白血球除去療法2クール目終了。鎖骨下のカテーテルを入れたまま外泊。半年ぶりの家。
1/1(火) 外泊
1/2(水) 外泊
1/3(木) 20mg 軟菜食(全粥) 外泊
1/4(金) カテーテル抜く 軟菜食(全粥) カテーテルを抜く。病院内で自由な身になる。
1/5(土) 軟菜食(全粥)
1/6(日) 軟菜食(全粥)
1/7(月) 軟菜食(全粥)
1/8(火) 軟菜食(全粥)
1/9(水) 軟菜食(全粥)
1/10(木) 軟菜食(全粥)
1/11(金) 大腸カメラ 軟菜食(全粥) 改善
1/12(土) 軟菜食(全粥)
1/13(日) 軟菜食(全粥)
1/14(月) 軟菜食(全粥)
1/15(火) 軟菜食(全粥)
1/16(水) 軟菜食(全粥)
1/17(木) 軟菜食(全粥)
1/18(金) 軟菜食(全粥)
1/19(土) 夕〜普通米軟菜食
1/20(日) 軟菜食
1/21(月) 昼〜常食
1/22(火) 常食 蓄尿終了
1/23(水) 常食
1/24(木) 常食
1/25(金) 常食
1/26(土) 常食 外泊
1/27(日) 外泊
1/28(月) 常食 外泊
1/29(火) 常食
1/30(水) 常食
1/31(木) 17.5mg 常食
2/1(金) 常食
2/2(土) 常食 外泊
2/3(日) 外泊
2/4(月) 外泊
2/5(火) 常食 外泊
2/6(水) 常食
2/7(木) 常食
2/8(金) 常食
2/9(土) 常食 外泊
2/10(日) 外泊
2/11(月) 常食 外泊
2/12(火) 常食
2/13(水) 常食
2/14(木) 常食
2/15(金) 大腸カメラ 常食 改善
2/16(土) 常食 外泊
2/17(日) 外泊
2/18(月) 常食 外泊
2/19(火) 常食
2/20(水) 常食
2/21(木) 常食
2/22(金) 常食
2/23(土) 常食 外泊
2/24(日) 外泊
2/25(月) 外泊
2/26(火) 常食 外泊
2/27(水) 常食
2/28(木) 15mg 常食
3/1(金) 常食
3/2(土) 常食 外泊
3/3(日) 外泊
3/4(月) 常食 外泊
3/5(火) 常食
3/6(水) 常食
3/7(木) 常食
3/8(金) 大腸カメラ 常食 S字結腸は改善したが直腸の炎症が少し悪くなる。
3/9(土) 常食 外泊
3/10(日) 外泊
3/11(月) 常食 外泊
3/12(火) 常食
3/13(水) 常食
3/14(木) 常食
3/15(金) 常食
3/16(土) 常食 外泊
3/17(日) 外泊
3/18(月) 常食 外泊
3/19(火) 常食
3/20(水) 常食
3/21(木) 常食
3/22(金) 常食
3/23(土) 常食 外泊
3/24(日) 外泊
3/25(月) 外泊
3/26(火) 常食 外泊
3/27(水) 常食
3/28(木) 常食
3/29(金) 大腸カメラ 常食 直腸の炎症が改善。退院決定。
3/30(土) 退院 常食

※ACTH筋注・・・副腎皮質刺激ホルモン筋肉注射
※プレドニン・・・ステロイド剤(副腎皮質ホルモン剤)
※IVH・・・中心静脈栄養法。鎖骨下や首、鼠径部などにカテーテルを入れ高カロリー輸液を点滴する。


入院中のおもな出来事

7/28(金) 病院の盆踊り大会。病室で聞く。子供のころ踊った炭坑節が流れていた。
8/13(月)〜8/15(水) お盆。何もない。
9/1(土) 新宿歌舞伎町ビル火災。
9/11(火) ニューヨーク同時多発テロ事件。
10/10(水) 誕生日。食事なし。
12/25(火) クリスマス。夕食に小さいケーキが出た。
12/31(月) 外泊。半年ぶりに家に帰る。
1/27(日) 浅草JANOMEで病気回復祈願ライブ。7ヶ月ぶりに鍵盤をさわった。


入院中の1日

これが入院中の1日です。

午前0時
午前1時
午前2時
午前3時
午前4時
午前5時
午前6時 6:00 起床。6;30 検温。
午前7時 7:45 お茶を配りに来る。
午前8時 8:00 朝食。
午前9時
午前10時 先生回診(時間不定)。看護婦が血圧を計りに来る。
午前]11時 11:45 お茶を配りに来る。
午前12時 12:00 昼食。
午後1時 1:30 検温。
午後2時
午後3時
午後4時
午後5時 5:45 お茶を配りに来る。
午後6時 6:00 夕食。
午後7時
午後8時 看護婦が見回りに来る。
午後9時 9:00 消灯。
午後10時
午後11時


入院中の1週間

入院中の1週間の出来事です。

日曜日 体重測定(午前7時ごろ)。回診なし。
月曜日 病衣交換。
火曜日 点滴のライン交換。
水曜日 シーツ交換。回診なし。
木曜日 病衣交換。
金曜日 採血(午前6時半ごろ)
土曜日


他の患者さん

これは私の思い出です。名前は差し控えます。

胃潰瘍
Iさん
70才ぐらい。入院した当初横のベッドにいた。1日3食のうえに10時と3時のおやつまで出ていたのでこっちは食事もないのに!と思っていたら胃潰瘍で手術をしていたらしい。野球が好きらしく消灯後もテレビを見ていた。7月中に退院した。が、10月ごろ病室にきてある人と話をしていたを聞いてたらまた入院したらしい。どうも調子が悪くなったようだ。階が違うのでその後どうなったかはわからない。
病名不明
Mさん
80才。とても元気。喉が悪いのかちょっとしゃべりにくそう。退院の日ラーメンを食べに行こうと言っていた。
怪我
(たぶん)
Nさん
50代。足が悪いらしいのだが普通に歩いているので病人に思えない。階段の上り下りが難しいらしい。酒の話をよくしていた。盆踊りの日も酒飲みたいと言っていた。退院の日もこれから友人と飲みに行くと言っていた。
糖尿病
Sさん
75才ぐらい。毎週3回透析に行っていた。最初のころは割りと元気だったが、だんだん目が見えなくなってきた。おまけにひざも悪くなり1階上の透析室に行くのにも車椅子を使うようになった。ある日外泊許可を申請したのだが1日だけならよいと知り、「最初2日いいと看護婦が言ったのに」とか「1日なら意味がない」とかなりごねていた。さんざん看護婦にごねたが結局1日になった。こっちは24時間点滴で外泊自体できないというのに。糖尿もよくならず目もあまり見えずひざもよくならず車椅子を使っているのにかなり強引に退院した。その後ある日、車椅子に乗っている人に「Sさん」と声をかけている看護婦がいたので見たらSさんだった。また入院したのかもしれない。
胃潰瘍
Mさん
75才。胃潰瘍だが高齢なため手術はない。毎朝新聞を取りに行ってた。性格がとてもよい。見舞いもたくさんの人が来ていた。かなり元気で退院した。その後ある日、点滴をしているMさんを見た。また入院したらしい。1月に病室移動があったのだがそこで同室になった。なんと24時間点滴だった。しかもあまり歩けないためおむつをしていた。その弱々しい姿にショックだった。歩くためのリハビリをしていたがその後それもなくなった。24時間ベッドの上。食事も全然食べられなくなり、だんだんボケてきた。看護婦には早く死にたいと言っている。そんな短期間で人間は弱々しくなるものなのか?3月病室が替わったためその後どうなったかはわからない。
病名不明
Iさん
84才。とても元気。血管の流れが悪くなる病気らしく2回目の手術のための入院だった。看護婦やヘルパーも顔を知ってて「あらIさん、また入院?」と言われていた。入院の日とその次の日おもらしをした。高齢のためしかたがないのだろう。その後はなかった。とても気さくな人で私にもよく話しかけてくれた。家が農家なのか奥さんがさつまいもをよく持ってきてた。元気に退院していった。
病名不明Nさん 75才ぐらい。肺に水がたまっているので胸に管を刺された。内臓の病気らしい。ある日血管造影の検査がありその後24時間は動いてはいけないのだが、消灯前の看護婦の見回りの時看護婦に「こんなの日当5万ぐらいもらわないとやってらんないよ!」と言い放った。まあ気持ちはわかる。看護婦に「ここは病院よ」と言われ、そのまま集中治療室へ連れて行かれた。その後は別の病室へ移ったが、ある日見たら点滴をしていた。状態が悪くなったのだろう。
足の怪我
Fさん
25才ぐらい。土木関係の仕事をしている。毎朝検温後すぐひげ剃りを始め、終わるとすぐ洗面所へ。規則正しい人だ。奥さんが1日置きくらいで見舞いに来ていた。ずっと車椅子だったが1週間ぐらいでそのまま退院してしまった。
肝炎
Mさん
20代。いつもカーテンを閉めているので顔がわからない。ずっとノートパソコンをさわっていた。
怪我
Tさん
62才。植木職人。仕事中木から落ちたらしい。同室になる前の1ヶ月は痛くもないのに丸1ヶ月絶対安静で動けなかったらしい。同室になった時は車椅子だったがつえになり、1ヶ月ぐらいでつえもなくなって普通に歩けるようになった。尿が1日20回ぐらいあってそれは後遺症らしい。私が入院してた病院は泌尿器科がないので近くの大学病院へ通院してた。入院中別の病院に通院とは。本人もぶつぶつ言ってた。尿の回数は減らずに退院した。
怪我
Hさん
50才ぐらい。交通事故。車を運転中ぶつけられて意識不明の重体で病院へ。奇跡的に助かって転院してきた。ずっと車椅子。ぶつけてきた人はとてもいい人だったらしく怒っていないが、保険会社に相当怒っていた。保険会社は長期間意識不明だったため死ぬと思っていたらしい。全然連絡をして来なかった。いいかげんな会社だ。かなりの補償額を請求したみたい。かなりの重症で体は鉄板だらけ。車椅子のまま退院した。3月にまた入院してきた。骨髄炎の疑いがあるとのこと。骨髄炎だったら手術が必要。私が退院したためその後どうなったかはわからない。交通事故はこわい。
怪我Sさん 28才。サッカーが趣味。足の怪我で手術。2ヶ月ぐらいで退院した。
大腸ガン
Sさん
62才。運転手。当初は腰が少し痛いとかで整形外科だった。ある日腸が張った感じがして食事がとれなくなり、吐きながら鼻からチューブを入れられた。とても苦しそうだった。そのまま別の病室に移った。2ヶ月ぐらいして私のいる病室に戻ってきて大腸ガンで手術していたことがわかった。人工肛門。人工肛門が閉じれば退院らしい。早い人だと1ヶ月。ところがなかなか閉じない。食事をしなければ閉じ方が早くなるとのことで1月に1週間ぐらい絶食になったがあまり意味がなかったようだ。1週間じゃ意味がないのかもしれない。3月下旬、半年たっても閉じない。私のほうが早く退院してしまった。
病名不明
Kさん
60代。2回目の入院。その前の入院は7ヶ月で手術3回だったらしい。そのうち2回めは失敗だとか言ってた。たぶん永久人工肛門。少し調子が悪くて入院してきたのだがすぐよくなって退院。点滴だけだった。
胆のう
の病気
Kさん
75才。腰が痛いとかで入院してきた。前にも入院してたらしい。看護婦が顔を知っていた。胆のうが悪いらしく手術。だんだん回復しリハビリも開始。ところが腰の痛みはとれずだんだん元気がなくなる。点滴が始まる。左手があまり動かなくなる。おむつ開始。食事がまったくとれなくなりついに24時間点滴。ほとんどしゃべれなくなる。性格がよく見舞いの人も多い。早く元気になってほしい。
胆石
Tさん
60才ぐらい。農家。口がすごく悪いが農家のためか。でも性格は悪くない。手術。手術後鼻のチューブがなかなか抜けずぶつぶつ言ってた。1ヶ月ぐらいで退院。
大腸
ポリープ
Sさん
40代。大腸ポリープの手術は2回目。かなりの大手術だったらしいが平気。看護婦が「大丈夫?」と聞いてもニヤッと笑うだけ。手術慣れとは怖い。
怪我
Sさん
58才。交通事故。東北道を運転中後ろからトラックに追突。車内には家族など6人乗っていた。そのうち子供とその奥さんと孫の1人が死亡。本人と奥さんと孫の1人が助かった。この事故はマスコミに報道されたらしい。福島の病院に即入院。地元の大学病院に転院。その後私のいる病院に転院してきた。奥さんと孫も違う病室にいた。病室に来たときは怪我人とは思えないぐらい元気であった。気さくな人でよく話しかけてきて病気のことを心配してくれた。
病名不明
Hさん
40代ぐらい。お尻にこぶみたいのができてそれを取る手術。簡単な手術らしく毎日パチンコをしに外出していた。入院の必要があったのだろうか。
糖尿病
Kさん
60代。性格はいいのだが。ひとりごとがうるさい。いびきがうるさい。
大腸の
病気
Kさん
60才ぐらい。やたらと敬語を使う。必要以上に使う。聞いててなんか裏がありそうなくらい敬語を使う。私は見てないが看護婦が気持ち悪いと言うぐらいきれい好きらしい。ベッド周りがそうだったらしい。ある日消灯後看護婦に「明日外出するから点滴の時間を早くしてほしい」と言った。看護婦が「6時前後なら大丈夫だけど」というと「10時に出たいから”後”は困る」と。看護婦が「でも前後になるのはしょうがない」と言うのに反論して「病院側の主張と私の主張との接点を・・・」とか「前後という意味は・・・」とかグタグタ言っている。結局看護婦が「わかりました!5時半”前後”に点滴します!」と言い放って終わった。こんなの点滴の速さが遅ければどうしようもないのだが。手術の人は手術後は病院内を朝昼晩3周づつ歩くように言われているが目標は朝昼晩10周づつと決めていた。それをわざわざ看護婦やヘルパーに言っていた。そんなことわざわざ言わなくてもいいものを。ある日歩いてるのを見たらわざわざ距離が長くなるように通路の一番外側を歩いていた。角に来ると90度カクッと向きを変えていた、食事後は必ず病室と洗面所を5、6回往復していた。何をしていたのだろうか。とにかく変な人だった。
肝炎?
Tさん
60代。点滴が終わるとナースコールで必ず「ハーイTです。点滴終わりました」と言う。言葉がかわいいじいさんだった。
病名不明
Kさん
60代。点滴が終わるとナースコールで必ず「点滴終わったよ〜〜〜」と言う。言葉がかわいいじいさんだった。
病名不明
Kさん
84才。とても元気。内臓の病気らしい。手術前の日、夜9時以降は食事をとらないようにと言われていた。手術後看護婦が同じ病室の人に「昨日Kさん何か変わったことありませんでした?」と聞いて、Kさんの横の人が「消灯の後何かお菓子を食べる音がしてたよ」と。看護婦は「ええっ!」。やはり何か異常事態があったらしい。
病名不明
Sさん
88才。看護婦やヘルパーが通るたびに何か話かけていた。何かしゃべってないとだめらしい。
尿路結石
Eさん
40代。とても痛そう。なわとびをやらされていた。これで石が出たため退院。なわとびの効果もあるのか。